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2016年1月の5件の記事

2016.01.29

重松象平「建築的思考の可能性」

竹中工務店九州支店設計部から「TAKENAKA DESIGN WORKS vol.32」がおくられてきました。ありがとうございます。じつは東京本社からも毎号いただいており、こんなことを書くと、どちらかいっぽうからは送付を中止されるのではないかと心配だが、こころより感謝しております。

表題はその巻頭インタビューである。ぼくが赴任したころ、重松さんは隣の大学の学生で、まだ仙台の卒計日本一がなかったころやっていた大学間合同卒計ジュリイで、話したことがあったそうだが、昔のことで、記憶にはない。とはいえ情熱大陸に出たり、有名建築家になったのはご同慶の至りである。

記事のなかで初期モダンの「マニフェスト的建築」と、コールハース以降の「オブザベーション的建築」を区別していたのが印象的で、まあそのとおりである。

ぼくなりに言い換えると、それは公共事業型と民間事業型、大きな政府型と小さな政府型、福祉社会型と新自由主義経済型の違いであろう。これらは漠然とした背景の違いというものいいである。

それ以上に、モダンの本質であろう。つまり20世紀初頭のモダンは、それまでの古典主義や折衷主義などをひっくるめての歴史的プロセスを、観念的にあるいは方法論的に、リセットし初期化し、技術と社会についてのシンプルな与件にたちもどり、ゼロから構築した。もちろん歴史的連続性がまったくなくなったのではなかったが、すくなくともそういう建前であった。1970年代、それへの反省があり、歴史的連続性が重要視された。しかし歴史的連続性などというものも観念にすぎず、切れるときは切れるものである。

ではコールハース以降はどういう説明をすればいいか。それは初期化し再スタートした最初のモダンが、完成され、恒常的なものになる、というのではない、ということである。つまり時間がたてば、あるいはプロジェクトごとに、初期化し再スタートする、というプロセスがはてしなく繰り返される。この繰り返しにはゴールがなく、延々とつづく。そういうことである。それはシジフォスの神話であり、モダンの悪夢的な全面肯定であろう。モダンは否定されえない。しかし自らの毒により、健康にもなれば病気にもなる。モダンは希望ではなく、たんなる呪いであった、というわけである。そこにおいて、たとえば進歩、などという近代の神話は否定される。今ないのは、こういう状況を納得させる、新しい神話なのであろう。   

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2016.01.24

『建築画報』364(竹中工務店の免震構造デザイン)

竹中工務店様から送っていただきました。ありがとうございます。

雪の降る日、外出もまならなず、うちで漫然とすごしつつ、文献をぱらぱらめくる。

表題のような内容であるが、技術的なことだけでなく、構法と空間、設計が一体となって新しい建築の型がうまれていいることを紹介している。コアのないオフィスビルとか。1920年代以降の耐震構造の発達いらい、いわゆる構造が意匠に優先していたのであるが、ここ30年ほどは、構造・構法の新機軸が空間や平面をも刷新しているということが誇らしげにしめされている。巻末あたりの見開きで紹介されている、免震技術の年表は、ぼくのような素人にはわかりやすい。

ちょうど100年ほど前から、耐震構造の重要性がいわれ、日本建築の方向性を決定づけていた。そこから構造対意匠の矛盾、葛藤と思われたものが、日本建築をきわめて特殊なものとし、さらに建築界の内部で、いまから思えば不毛で無駄な対立と派閥性を生み出したのであるが、昨今の免震技術は、本書でいわれるデザインとエンジニアリングの融合のさらに先をゆき、技術そのもののデザインというものになるわけである。

外殻構造とか、モック、フラットプレートなどは空間そのものの質を変えるので、きわめて建築的な技術であろう。

萩原剛さんも編集したり、執筆されたりしている(お元気ですか?)。画報なので、写真だけをみると、主は設計であり、従は技術という扱いである。でもダンパーとか、プラダの構造詳細とか、もっと大きな扱いにして、ハードボイルドな感じを強調しても、面白いと思うのではあるが。

・・・などと雑感しながら、せんべいをかじり、お茶をすする。雪の日曜日、家にこもって気持ちだけアーバンリゾート?

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2016.01.22

小嶋一浩+赤松佳珠子『背後にあるもの 先にあるもの』

・・・を送っていただきました。ありがとうございます。

小嶋さんはずっとまえに石田さんが非常勤で呼んでいた時期があるが、ちょっと久しぶりである。

今回の本は、作品集よいうよりプロジェクト集である。個々の建築のコンプリートな記述ではなく、コンセプトとその展開と現実化ということでおさめている。小冊子としての出版社の方針もあるようだし、手軽なのだが、そのなかでエッセンスがおさえられているのは流石というべきか。

課題ごとにコンセプトをたちあげる従来からのやりかたであり、事前に普遍法則やタイポロジーを確立するわけでもない。個別事例のなかでコンセプトをたちあげる。それらコンセプトそれぞれは普遍性がありそうである。しかし建築家はつぎの機会に、前回の事例におけるそれに、それほど拘束されるわけでもない。

かつてアールヌーボーの建築家たちは、つぎの30年代の合理主義の時代になると、まったく作れなくなり、みずから筆を折ったりしたそうである。

そういう古典的な作家性ではない、21世紀の作家性というものがありそうである。

建築そのものよりも、建築が生み出す現象のほうをむしろ指標とする。それは建築の残像、反響、などというものに感覚を研ぎ澄ませるというようなことであろう。「先にあるもの」とはそのようなことも含むのかもしれない。

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2016.01.02

2016年元旦(エージェントの時代?)

 冬休みはアーバンリゾート、呆けてすごそうかと思っていたが、処理すべき書類もあって、漫然と読書して音楽聴いてというにはほど遠い(とほほ)。次善の策として雑誌をぱらぱらめくる。

『SDレビュー2015』は鹿島建設からいただいた。去年内にお礼すべきではありましたが、ありがとうございます。年ごとのレビューにとどまらず、特集記事が読ませる。重村力インタビューや、「これからの時代の建築と、プロジェクトデザイン」は前世紀のレビューがそのまま今世紀のありかたを探る論考にもなっている。20世紀的な計画概念がかなりまえから成り立っていないなかで、柔軟に永続しつつものを支えるシステムのマネジメント、などといえようか。

『現代思想2015年1月号・総特集=見田宗介=真木悠介』はわかりやすくおもしろかった。とくにこの社会学者が柳田國男の世相論に注目していたこと。考えてみれば当たり前だが、あるひとつの事件や事例のなかに、社会のある普遍的断面を観察するような感受性と方法論である。そういえば弟子スジの学者たちはそれを意図して心がけているようにも見える。あとは「自我の起源」が、ダーウィンの「種の起源」のむこうをはっているという指摘である。ぼくには田辺元の「種の論理」に対抗しているようにも思える。人間が徹底的にアトム化された20世紀、戦前には全体主義、戦後は構造主義、などで人間の自律は徹底的に批判されるのであるが、田辺は「種」をいい、真木はそうではなく「個」を主張するのである。

『atプラス26 シニシズムを超えて』は、1970年代以降シニカルであった日本人の政治参加が再起動したかという希望が語られると同時に、団塊、団塊ジュニアといった世代論的なくくりがもう成立しない新しい時代にはいったということが指摘されているが、もちろん60年前の単純な復活などは意味がない。柄谷行人『Dの研究』はこの雑誌の現状における背骨であるが、今回はまだまえがきていどにすぎないので、もどかしい。『イソとスメラ』は、都市計画史のおおきな枠組みで論じているようで、最終的には個人史にしかならないのは、建築史家のもつべきビジョンとしてはつまらないという印象。

『現代思想 2016年1月臨時増刊 パリ襲撃事件』は、各分野の専門家たちが解説してくれるので、勉強にはなるが、どうも全体としてどういうメッセージなのかがはっきりしないのは、緊急性のなせるわざか。どうも「希望のなさ」をめぐるゲームが世界を支配しているようでもある。フランスは共和国であることが国是であったが、極端に追い詰められると、それを修正してしまおうとする動きもあるであろう。いつまで共和国でいられるか、の闘いである。たほうネットワーク型のテロリストたちは、ひとつの社会構築としてひどく21世紀的なのである。知らないあいだ新旧が交代している。

岡本太郎『美の呪力』は、初出1971年。この芸術家についてはいろいろ論じられているので、耳学問だけでけっこう知っているつもりになってはいた。オリジナルを読んでみると、1930年代のパリ現代思想、1960~70年代、そして2010年代と、ほぼ等距離であり、全体はほぼ切れ目なく地続きなのだということも実感できる。そしてそれが日本における沖縄の課題にぴったり重なる。岡本はきわめて適切に、この課題をピックアップした。ついでにいうと『SDレビュー2015』ですこしふれられた建築家集団もそうである。

しかし岡本がパリでイニシエーションを受けていたことはきわめて重要だと、ぼくには思える。たんなる洋行帰りのアーティスト以上のなにかであった。その結果、無関係な第三者からみれば、芸術家はべつのなにかのエージェントであったわけである。あるいはそう見えるのである。それを考えればエージェントの時代だということは、20世紀から21世紀へとそのまま続いているかのようである。

すこし重い正月である?

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2016.01.01

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