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2015年9月の8件の記事

2015.09.20

《芝の大塔建立図》

・・なるものが山口晃『すゞしろ日記』に描かれていた。建築のパーツを組み合わせたハイブリッドな構築物という構想である。もちろん夢の建築プロジェクトとしては、類例はある。テレビではハイブリッドな建築=橋が紹介されていた。ルクーの妄想建築を思い出す。

そこで反省するは、なまじっか建築学科で建築を勉強したために、構造的、論理的な整合性がないと建築を考えられないことになってしまう、建築人ということである。妄想建築を妄想するためには、その整合性とやらをいちど括弧にくくって、排除しなければならない。

たとえばテレビで紹介されていた、この画家による、現代の洛中洛外図のような都市鳥瞰図では、「線」により建物の輪郭やディテールは克明に描かれるが、「色」はそれら線をこえて、自由に、それ自身のひろがりをもつ。そう、漫然と町中をあるくとき、建物の一個一個は識別しようとはしないものだ。

帝冠様式における屋根の耽美主義もおもしろかった。建築人にとっては、屋根は建築の端部、終わりにすぎないが、画家にとっては空の始まりなのだ、という。

そのようなことで画家が描く都市鳥瞰図は、断片的なイメージの集積として、実際の時空を超越した蜃気楼なのであるが、いやそれがまさに、ひとりの「個」の意識のなかに世界が襞になってたたみこまれるということなのだ。なんとなればライプニッツもモナド論のなかで、人が都市の姿を認識することの意義を、メタフォリカルに書いているのである。

そういうことを、ビールいただきながら、漫画をみるように、思い出すのもおつなもの。そういえば、ぼくもそのように、ゆるいおやじになりたかったのであろうか。バカボンのパパの想定年齢を超してしまうと、自分というタガ(他我!?)のはずしかたも巧妙にならなきゃね。

連休はありがたいものである。連休によむべき書である。

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2015.09.19

ふたたび「モダニズム建築」なる和語について

お恥ずかしい話だが、ゴンブリッチ『美術の物語』では言葉をちゃんと使い分けているよと人に指摘されて、頁をのぞいてみた。

なるほど。

訳者の見識には賛同できる。原語どおりに「モダン建築」であって、それを「モダニズム建築」などとは訳さない。これは「モダンアート」であって「モダニズムアート」とはしないことと、まったく整合している。

同様に、近代都市、モダン都市、モダンシティ、これはよさそう。モダニズム都市、これは使えるのだろうか。

マニエリスムは、手法に意図的にこだわることである。つまりマナー+イズムである。するとまずモダン(建築)があり、それに意図的にこだわる屈折した態度がモダニズム建築である。では、モダニズム建築とは、なんちゃってモダン建築であり、創造性、問題提起に乏しい下位の建築である。つまり建築史学における「擬洋風」という概念に近い。わたしたちの日本には、そんなモダニズム建築ではなく、真のモダン建築がたくさんあってほしい。

英語ではふつう「モダニズム」を単独で使う。美術史では、イズムはたいがい運動である。またそれは文化全般、絵画、文学、映画、建築など諸ジャンルを縦断する包括的な総称である。ところがこの「イズム」には、個々の芸術運動にはかならずあるマニフェストはない。あくまで分析者の概念である。

だから日本人が「モダニズム建築」とするのは、実際には海外のさまざまな建築運動の主義主張が日本に影響をあたえたとき、それらを総称して「イズム」とよんでしまうからである。ちなみに「モダン主義」とは訳せない。「近代主義」は耳障りはいいが、使ってもしょうがない感じ。つまりそんな明確なマニフェストはないからである。あくまで漠然とした総称である。だからWikipediaでも、モダニズム建築の定義は、漠然とした歴史的背景にとどまっている。その定義は何種類かあるなどと書くようでは困る。もっとも誰の定義がこれ、と区別していけば、学術的な意味は格段に高まる。

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偶有性操縦法

ぼくの今年のPC運は最悪である。4月、自宅PCが壊れた。泣く泣くお小遣いで直した。8月には、つい最近組み立てたばかりの、大学のPCが壊れた。これでも自作派なので、パーツを吟味し、発注、納入、組み立て、インストール、登録などと気が遠くなる。その間、授業用のノートPCだけで仕事をする。綱渡りである。多くのメールが蒸発した。・・・MSDOS時代の旧式PCはなんと7年使い、壊れなかったが、陳腐化したので買い換えた経験があり、PCなど無茶しなければ壊れないと思っていた。しかしPC不調もこの偶有性とかいうやつなのだろうか?

磯崎アトリエから現代思想10月臨時増刊号(総特集:安保法案を問う)が送られていた。ありがとうございます。ずいぶんまえに届いていたが、出張などで、気がつかなかった。

磯崎さんの論文『偶有性操縦法』は、安保法案と新国立競技場問題を、構造的にパラレルなものとして論じたものである。「偶有性」の定義はさておき、磯崎さん的文脈では、これまでの決定不可能性論、そして和様化論というふたつの理論の交差として位置づけられよう。

さらに具体的には、江戸時代から日本にはある「談合」という問題と、80年代の日米構造協議から派生した諸課題、それへと反応するかたちで「ハイパー談合」とよばれる「官民談合」なる巧妙なシステムが、このコンペにおいて破綻を見せているという指摘である。

民主党の議員からはマネジメントの不在などと指摘されているが、あるいみ隠れたシステムのマネジメントを暴いて可視的にするなどと一直線にもいきそうにない。談合というのはダーティだが賢いところに、意味がある。ところがダーティかつ不器用は、破綻である。マネジメントは愚直でも正直、でもなんとかなりそうである(ならないか?)。

それはそうとして「旧談合→A国論理の介入(あるいはグローバル化)→ハイパー談合→ザハ排除?」という今回の一連の事件について、多くの論者の意見はさまざまである。談合がいけない?談合をうまく操作できないのがいけない?グローバル化がいけない?グローバル化に対応できないのがいけない?ザハ案がいけない?ザハ排斥がいけない?・・・などと記憶にあるだけ書き連ねると、結構、論点はある。しかしたいした論争はおきない。これは建築界の人びとがお互いに紳士になったからで、個人批判で挑発しても、論争にはならないからでもある。ただそれにしても論点はどこか?

磯崎さんじしんは「ハイパー談合もしっかりマニピュレイトできないのか」とお嘆きなのであるが、日本の建設技術にたいする国際信用が堕ちることをいちばん心配していらっしゃる。これは建設産業の国際参入に不利であり、大きな損失になるであろう。ではこの信用喪失があるとあるとすれば、その責任はどこか?信用を傷つけられた技術とその組織そのものは被害者である。では官か?建築家か?建築史家か?過大に信用したことに問題はなかったか?

それはそうと新国立競技場を思想として問うということも、なされていないそうである。難儀である。

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2015.09.14

後藤武『ファーンズワース邸』

ヘブンリーハウスという叢書の6巻目らしいが、送っていただいたので、一読した。

残念ながら、いちどは仕事をご一緒したはずの著者を、あまりよく存じ上げていないが、難しい内容をわかりやすく書こうという配慮がなされており、肩の力がよくぬけた、大人の書き物となっている。

ぼくじしんがワンズワース邸を訪れたのはちょうど2000年のことで、それなりの感銘はあったが、やはり一晩はすごして、夜、ここにたたずみ、しぜんと心のなかからなにが表出してくるか、それを待たないことにはほんとうの受容はできないであろうと思った。とはいえ現物をみるとたいがいまず幻滅する(感銘に反転することもある)ぼくの性分は、あまり得なものではない。週末住宅にきてまで、高尚なことを考えつづけるのですね、という感じである。まあひとりになったからこそ高尚になる(世間は俗だから)、という反論も可能ではあろう。

論旨はぼくなりに理解できるつもりで、ライプニッツにはじまりライプニッツに終わるのだから、「モナド」としてのファンズワース邸である。徹底して孤であり「ひとつ」でありながら、世界を内包する。こうした哲学はミースなら文化的教養として身につけていたはずで、それを建築として昇華しようとおもっていても不思議ではない、というようなことが書かれている。それはダス・マンでしなかいことが、近代人の絶望ではなく、希望に反転するのではないか、という逆説的なものかもしれない。モナドには窓がない。そう壁がすべて透明になったら窓もない。しかしまさに窓がないからこそ、世界はこの「ひとつ」に浸透し、そこを満たす。

ただそうすると、ユニバーサルスペースの日本的解釈もとりたてて必要というものでもないのかもしれない。ただライプニッツにならって単子のなかに、いかに世界が襞となってたたみこまれるかということであれば、著者が本書でそうしているように、ミースの伝記だけでなく、さまざまな思想的、芸術的な連関を書き込むことで、空疎に見えるかもしれない空間を充填することは、理路整然とし、対象を分析するにふさわしい方法論である。

そこからはまさに建築論の問題なのだが、住宅紹介シリーズなので哲学者と建築家の具体的リンクを書かねばならないとすると、証拠はそうはないであろう。そういうときは著者自身の超越的視点をもって、これから構築する論理のなかに、哲学者や建築家を編入していくべきなのであろう。そうすると20世紀という枠組をこえた、より普遍的な、建築の課題ということになる。

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2015.09.08

浅川ぞいにジョギング

話は前後するが、八王子の浅川ぞいをジョギングした。

かつてぼくは、都市観察として、出張先でかならずスイミングすることとしていた。とくにフランスである。かの国では公立のプールがけっこうある。つまり20世紀初頭の、国民教育、体育、衛生思想、兵力増強などのもろもろが水泳教育を促し、多くのプールが建設された。いまでも使われている。アールヌーボー、アールデコ、モダンなどの様式による、雰囲気のあるプールが多い。そういう施設を利用すると「20世紀を泳いでいるぞ」感覚になる。

もちろんパリのサン=ジェルマン=デ=プレ市場地下のプールのように、最近のものもおもしろい。またビジネスホテルなのに、地下にはL字プランのプール(泳げるものです)があったのも、たのしめた。

このマイブームはけっきょく改めた。ジョギングのほうが腰痛改善には効果的であった。

それはそうとして、地元の百道海岸、大濠公園、室見川、奈良の奈良公園、京都の鴨川、あるいはどこかの砧公園、はたまたパリのセーヌ川やブーローニュ公園、ボルドーのガロンヌ川などと、征服欲のおもむくまま、街歩きをかねたジョギングはつづく。

浅川は、堤防がやけにスリムである。洪水のとき、どうするのであろう。土木マターだから知らない。しかし日本堤防規格(あるのかないのか)にてらして、どうか。住宅のすぐ脇を、2階レベルで、走る。空中を走っている感覚である。

とはいえ川辺だから風景が楽しめる。飽きない。結婚式場もあるおしゃれなホテル、マンション、そこそこリッチな戸建て住宅群、が並ぶ。ハイブリッドな日本の風景、というところか。

今回は60分走った。だから東海大も平気であった。

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2015.09.06

東海大学にて

大学をハシゴするのも、それなりに見識をあたえてくれる。

ここは山田守のY字プラン校舎も有名なのだが、キャンパス全体に戦後モダンの香りがただよう。RCの建物は、より軽快な表情である。そんななかでカーネギー・ホールもどきもあり、ロシア構成派風の赤い鉄塔もあり、また螺旋スロープのもと駐車場もあり、それらは目を楽しませる。

ただ機能的にはY字プランは人を迷わせる。人間は直交座標のほうが本能にあっている。プランは機能主義的に考えられたとはいえ、きわめて観念的である。ただその具象化された観念をリスペクトするつもりはある。

キャンパス敷地は、私鉄沿線の丘陵地帯であり、この点ではひとつの典型例である。ただ町もそれなりに形成され、大学とたがいに支え合うように、全体として成熟している。学会のために、近隣商店街(?)が屋台を出していた。これも地域と大学の共同ではある。

大学を経営するとはどういうことかは、長くいると感じはつかめてくる。現在、日本では国立大学のいわゆる人社系学部の再編がいわれている。これも日本的構図であり、本省は明確なプランが描けないので、各大学に自主的にやらせ、各大学の執行部もはっきりした方針があるのではないので、各学部にまかせ、・・・・でどこに主体があるのかよくわからない。そこで、はっきりした(もちろん有効な)ビジョンをえがいたところが勝ちなのだが、そういう構図もわからないで右往左往する大学人がいても、そうは責められないのが人情というものである。

経営手腕がある私大が、今の瞬間では安定している。しかし数年後からは18歳人口がふたたび減少しはじめるので、大学はふたたび激動の時代になる。

日本では国公立と私大を分類するのが普通だが、じっさいは宗教系というくくりが意味をなしているような気がする。すでに大学淘汰の時期にはいってはいるが、いろいろなキャンパスを訪れた皮膚感覚では、日本における宗教系大学にはなにかアイデンティティの強さを感じる。このカテゴリーはしぶとく生き残りそうであると、確信もなく、予感する。

日本人の70%は無宗教を自認しており、近代化したときに、あまりに忠実に西洋の政教分離原則を受け入れたからとされるようである。しかし宗教系大学は、数も多く、イメージもよいし、ブランド化しているところもある。宗派の目的は布教であるが、この「教」を、教育全般にわざと誤解すると、そもそものミッションを果たしているようにもみえる。日本という国の、不思議な政教関係である。

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2015.09.05

創価大学にて

所用のため八王子にでむいた。

9月最初の週末ということで、いろいろ催し物が多いようである。朝食バイキングはほとんど外国であった。

駅から直行バスで20分弱、典型的な郊外キャンパスである。

かなり長いトンネルをぬけて、戸建て団地をみやり、正門にいたる。そこから歩いて坂を登る。緑の多いのが印象的である。キャンパス創設は1970年代ということで、さもありなん。古い校舎は中層がおおいが、最近の建物は高層が多い。なにもここまで、とも思うが、大学経営がうまくいっているということか、ご同慶の至りである。

大学の特性から、古代神殿風のファサードのものがいくつかある。なにもそこまでとも思うが、その神殿的造形にも強弱があり、ひそかな秩序があることがわかる。記念講堂のようなものははっきり神殿であり、学生のための福利厚生施設のようなものは、そうではない。

郊外キャンパスはすでに時代遅れではあるが、これからはどうすればよいであろうか。オールインワンのミニ都市として運営すればなんとかなるかもしれないが、そもそもコンセプトのない事例も他ではみかける。

八王子は何十年ぶりであろうか。都市計画としては、人口増加が予想をはるかに上まわったようなつくりである。

このあとは東海大学である。

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2015.09.03

渡辺真弓『西洋の「宮殿」覚え書き』

家具道具室内史学会誌「家具道具室内史」第七号の「特集 赤坂離宮の室内装飾」のなかの一稿である。雑誌は渡辺先生よりいただきました。ありがとうございます。

専門家たちによる専門的な調査論考である。図版、写真、図面も多い。頭の勉強にもなるし、目の楽しみにもなる。

赤坂離宮そのものについては、片山東熊はもちろんだが、吉武東里も参加していたようである。プランをみると、いわゆる宮殿というよりは18世紀イギリスのカントリー・ハウスのようにも思える。また廊下+諸室の形式である。また中庭式で、左右対称、そこだけみれば議会建築とも共通点がある。つまりその点では19世紀の機能主義的なプランニングである。しかし多くの部屋の内装を、日本風、西洋風(多くはフランス18世紀末の様式とされている)、イスラム風などとすることで、世界(網羅)性を表現している。

渡辺先生の論考は、赤坂離宮の背景として、フランス、オーストリア、ドイツ、イタリアなどの代表的な宮殿建築を解説するものである。そのなかで個人的には、マリオ・プラーツからの再引用である《ナポリ王宮のカトリーナ・ミュラ》がなぜか心にしみる。宮殿建築らしく豪華な、しかし明るく伸びやかな室内から、女性が戸外で遊ぶ子供たちとさらなる遠景を望んでいるそのシーンは、本来は儀礼の体系であるはずの宮殿空間のなかで、個人の心象がふと立ち現れる、その刹那を切り取っている。そこからぎゃくに宮廷生活の悩ましさが浮上するのだが、それこそが宮廷を宮廷たらしめているものなのであろう。

赤坂離宮の日本近代建築史における位置付けについては、恩師稲垣榮三の説をそのまま引用されている。つまりヨーロッパにおける2世紀超の宮殿建築を、後進的な日本がほぼハンドリングできるまでに成熟した記念碑的な作品である、と。

ただぼくも稲垣チルドレンのひとりであるからこそ、稲垣学説をいかに超えるかを考えている。辰野金吾の東京駅を町並みだと評した彼のことであるが、赤坂離宮についても含意があると考えて当然であろう。すると「偶然生まれた傑作」「ほとんど奇跡」によってそののち大正建築が飛躍したなどというのは、それこそほとんどイヤミのように聞こえてしまう。つまり褒めてはいるが、しょせん他人事だ、というわけである。

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