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2015.08.24

国立西洋美術館にて講演

8月22日、ボルドーの都市について語った。開催中の『ボルドー展---美と陶酔の都へ---』の枠組みで企画されたもので、おもに絵画をコンテンツとする内容を、建築的、都市的文脈からサポートするという依頼であったので、迷うことなく受けさせていただいた。

ル・コルビュジエの建築で講演できることは、建築人にとってはたいへん名誉なことではあった。ただなにぶんテーマが地味なので、ホールは閑散としているだろうと想像していた。ところが大学での講義よりははるかに人が多く、さすが上野と感じ入ったものであった。

18世紀の広場建設が、たんに古典主義建築の展開ということにとどまらず、徴税所や商業会議所といった基幹経済制度の整備、また地元財界人たちへの土地投機機会の提供、でもあったことを指摘した。ひとつの建設プロジェクトをみると、横断的に、さまざまな社会的勢力の相互関係がみえてくる。政策立案する政治家、資産増殖と社会的地位向上をめざす商業人、法曹を支配する地元貴族勢力、などの利害がどのように絡んでいるか、それが地域社会の構図であろう、というようなことを述べた。

さらに18世紀中盤に都市プロジェクトによって景観が一新されたことが、画家の絵心を刺激し、さまざまな都市景観画が描かれたと推測できると指摘した。ガロンヌ川に臨む町並みというのが一般的な構図で描かれている。川、空、雲による絵は、基本的には風景画である。ジャンルは風景画である。が、都市プロジェクトが契機だというのがおもしろい。さらに会場のオリジナルをみてはじめて気づくのは、ディテールである。近景に描かれた、多くの船舶、修理中の船、さまざまな機材を活用して荷揚げする様子、それらが港湾技術づくし的な、そういう意味で百科全書がさまざまな手工・工学技術の図解であることを彷彿させるような、詳細な説明図として読解できて、率直に楽しいのである。

18世紀は国際貿易都市、19世紀から20世紀は造船業などの製造業もふくむ商業・工業都市、21世紀はアラン・ジュペ市長の施策による文化・観光都市というように、きわめて明確に「生き残り戦略」を選択しつつ、活力を保ってゆく都市である。美も、陶酔も、そして工夫、野心、上昇志向も、都市のエネルギーである。

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コメント

小幡敏信です。

8月22日、国立西洋美術館のボルドー展に伴う、文化講演会を楽しく拝聴しました。

九州から上野まで、来ていただき、まことにどうもありがとうございます。

土居さんの話で、今は亡き鈴木博之さんの面影とダブってきて、少し悲しくなりましたが、

ボルドーの中身の濃いレクチャー、貴族、官僚、都市計画に貢献した人々を軸に話されて、

まるで、ボルドーに行ったような気分にさせて頂き、どうもありがとうございました。

稲垣栄三さんに土居さんが教わったことから、日本の神社について詳しいのかなと考えていましたが、

やはり、仏蘭西という自由で、創造溢れる藝術の風土に惹かれて、西洋建築史を探究することになったことでしょう。

実は、鈴木さんも、同じ、国立西洋美術館の講堂で、世界遺産の講演を行っていたプログラムに、私は参加していました。

その当時、館長の青柳正規さんも同席しておられました。

ル・コルビッジェの西洋美術館の世界遺産に認定されるための活動の一環でした。

その理由で、西洋美術史の鈴木さんとどうしてもダブルのです。

土居さんいわく、鈴木さんは、建築史学者らしかぬ活動をしていたために、早くなくなるのが惜しかったと。

とにかく、東大の西洋建築史学者において、伊東忠太博士、太田博太郎博士などの偉大過ぎる学者がいたために、

後進者は、どうしても、彼らを超えるべく、独自の学者のスタイルを築く必要があった。

ということで、鈴木さんは、建築の歴史に加えて、総合性をもって、あらゆる学問から分析するという方法、

中世の欧州の学問と同様に、哲学、思想、宗教、文学、美術史の目から、建築や都市を洞察していくスタンスを固めていたと考えられるのです。

ある意味で、夏目漱石のように、個性溢れる文学者、歴史学者としても通用するように、建築に枠にとどまらない学者としての姿勢があったことでしょう。

このことで、土居さんの鈴木さんについてのコメントをよく理解しています。

土居さんも、十分に、仏蘭西の学問風土も把握していることで、土居さんの学問について、日本のスタンダードにこだわらず、

グローバルに研究調査しながら、日本の学問の価値基準に沿いながらも、独自の学問のスタンスを築かれていることに、私は、敢えてオマージュを贈ります。

国立西洋美術館において、土居さんの講演も、建築学にとどまらず、経営学、政治学、社会学にも通用するような、総合人間学としての中身であったので、

私は、さらに感動してしまったのです。

九州大学で活躍されていることで、私は、今は亡き、仏教学者田村圓澄先生のことを思いだし、彼は、私の出身高校の大先輩でもあるが、

奈良県出身であることから、自然に、奈良時代の仏教の学問の世界に入って行くのであるが、奈良で活躍すれば、奈良の文化で終わるところだったが、

九州大学で教鞭を取っている関係で、畿内説にかぎらず、九州説についての分析もおこなっていて、後世へ、思想・文化の研究の土台を確立しています。

土居さんも、九州という地の利を活かして、長崎、平戸、五島などの研究もされていて、

東京という場所では得られない、学問の幅の自由さを感じさせるのです。このことも感動してしまいました。

ボルドーという、日本でいえば、神戸や大阪のような風土、交易や経済で発展してきた都市基盤があって、いろんな文化が絢爛に花が咲いていくプロセスの上に、

巴里にはない、都市の文脈、希臘や羅馬の歴史文脈もありながら、また、英国の文化も含めて、重層性の文化を形成していったことが、

ボルドーという都市の個性を伸長しているのです。

国立西洋美術館のボルドー展を通じて、私が、土居さんと出会ったチャンス、この一瞬は、決して忘れられません。

文化を軸とすれば、全部がつながるのであるから。

取り急ぎ、挨拶とお礼まで申し上げます。

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小幡 敏信

教授の領域、教育学、情報学、社会学  
      (より学際的に捉えるようになります。)
        建築計画学、都市計画学、建築意匠、歴史学、
        芸術学(美術)、経営学、哲学
        世界遺産学、観光学

工学博士(Ph.D.)

建築積算士、 建築コスト管理士
ファイナンシャルプランナー、
プロジェクト・マネージャー(マスター証)

千葉市まちづくり未来研究所


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投稿: 小幡 敏信 | 2015.08.24 23:58

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