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2015.01.14

宗教的転回?

シャルリ・エブドへのテロ事件をみていると留学時代のことを思い出す。イラン=イラク戦争のさなかであり、フランス国内にまで革命派と旧体制派がいるという背景のなかで、親イラン派のテロリストがゴミ捨に、車中からなにくわぬ顔で爆弾をしかけ、たまたまそこにいた数人の市民が犠牲になった。それからいつどこで爆弾が破裂するかわからないという、緊迫した数週間であった。

ただ過去のテロは深刻とはいえ、今回ほどではなかった。すなわちいままでのパリ市内テロは、おもに国際問題がこの国際都市に投影されたのであり、遠因はイスラム革命かもしれないとはいえ、あくまで政治的なものであった。

今回の事件は、しかし、それとは比較にならないほど深刻なレベルに達している。それは政治や外交をとおりこして、社会のなりたちそのもの、国是の核心的な部分への攻撃であった。

もちろんフランス政府じしんも、これは宗教的問題ではなく、テロはテロという受け止め方である。だからこれを社会と宗教の対立としてうけとめると、それこそテロリストの術中にはまるし、フランス社会も分裂し不安定化するであろう。

そのことはじゅうぶん理解しながらも、表現の自由は問題のあらわれかたであり、問題の本質ではないと考えざるをえない。問題の本質は、まさに社会と宗教の関係、世俗と聖の関係なのであり、フランス社会のいちばんナイーブなところへのテロ行為であったと思わざるをえない。

フランスでのいわゆる「ライシテ」はそこ独自のもので、政教分離のようなものだが、すこししことなる。とはいえ、たとえばアメリカの信教の自由とは政治に拘束されずに自由に宗派を選べることであるのにたいし、フランスのそれは、政治がそして世俗社会が、宗教ではなくカトリック教会から自由であることを知っているわが同胞はいがいと少ないということである。そもそも政教分離とは、政治と宗教ではなく、政治と(カトリック)教会であったというフランスという国家と社会の成り立ちを知れば、今回の事件の深刻さも理解されようというものである。

すなわちフランス革命以降の動乱のなかで、国王と教会を排除して、いわゆる共和国を建設した。そのプロセスにおいて殺害されたパリ大司教はひとりではないのである。さらに国民教育から宗教を完全に排除したのが第三共和政であり、これも彼らの社会の宗教にたいする勝利であった。政教分離はそんな生やさしいものではなかった(日本は欧米をみならって政教分離としたので、内部混乱は小さくてすんだ)。

そういう背景があるので、個人的には支持しないが、かの新聞社が風刺的マンガをもって宗教的権威を攻撃するのは、おふざけでもなんでもなく、世俗が宗教を監視するのだという断固たる意思にもとづいている。血であがなって建設したこの世俗社会があるからだという意識がとうぜんあるであろう。

だからこれは表現の自由へのではなく、共和国への(内部からの?)テロなのである。

これは政治のことのようだが、建築のことでもある。つまり世俗社会とはなにかというと、「公共空間」のことでもあるからだ。フランスでは個人空間においてはどの宗派も選べるので、公共空間では自分の宗教はださないというのが国是である。日本もふくめ他の国はもちろん違うのだが、フランスはこのように公共性、公共空間のひとつの極として、公共的なものの普遍的理念を支えているように思われる。べつの言葉でいえばそれは「共和国」そのものといえる。公共空間とは、共和国理念の空間的表象であった、といえるかもしれない。脱君主的、脱宗教的で、民主的な社会という「共和国」が、まさにその「共和国」の理念のひとつである多宗教的、多民族的な融和という理想によって裏切られ、内部から攻撃されている(文明のうちなる衝突)。

しかし最近の宗教学が示すように、あるいは西洋の他の国々からするとフランスはすこし極端であるように、ハーバーマスが「ポスト世俗化」を指摘しやんわりとフランスを「政教分離主義者」と揶揄しているように、じつはフランスの「ライシテ」理念そのものも、潜在的な危機にひんしているともいえる。

そういう文脈でいえば、象徴的に腑分けすると、911は「覇権」と「経済」のなりたちへの攻撃、シャルリ・エブドは「社会」のなりたちへの攻撃であって、第三国の国民であるわたしたちをも震撼させる。短期的な衝撃はおさまっても、中長期的にはおおきな影響を与えるであろう。

建築や都市のことばでいえば、公共的なもの、公共空間なる理念は、今後も可能なのであろうかという不安である。21世紀、全体として、世俗的理念は退潮するのかもしれず、宗教的転回などがあっても不思議ではないが、よき未来といえるかどうか?

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