« ながい48時間(ボルドー紀行その1) | トップページ | パリがオリンピック開催立候補?(前稿つづき) »

2014.11.08

パリが2024年オリンピックに立候補するかどうかの件について

テレビでオランド大統領がインタビューされる番組があって、そのなかでパリ市が検討しているオリンピック立候補の動きにたいし、好意的に構えているという発言があった。市長も大統領もおなじ社会党なので、意見のすりあわせは事前にできているのだろう。翌日、インターネットをみると、パリはまた2025年に万国博も考えているらしい。予算はだいじょうぶかと、ひとごとながら心配である。ともかくもパリ市長としては来年1月以降に結論を出すらしい。

東京は3度目のオリンピック誘致ということだが、1000キロ遠くに住んでいるぼくには、ほとんど外国の話題のように思える。ところがフランスも外国だから等距離である。そこでトライアングル的等距離考察をしてみると、例のコンペ論争も、けっきょくなにが大前提かがあいまいなので、あるいは意図的にあいまいにしているので、落としどころもわからないようなきがする。

そこで、オリンピックとはなにか。まずそれは「近代オリンピック」である。そして近代の近代たるゆえんはなにか。それは近代都市の近代である。

なにしろ第1回は1896年であるから、ロンドンやパリ、そしてアメリカの大都市がいよいよ近代都市にふさわしい威容をあらわしてきた。そして20世紀になって有名なアムステルダム都市国際会議などにより近代都市の国際フォーマットが確立される。このような近代都市を念頭において、そこでの興行として「近代オリンピック」が構想された、と考えるのは自然である。

まずロンドン、パリは19世紀になんども万国博が開催され、近代の「興行都市」(なかなかいい造語である)としてたちあがる。それをスポーツにおきかえればオリンピックである。万国博の専門家も、そのような流れで理解すべきと指摘していた記憶がある。

ではなぜ興行都市は可能であったかというと、人口が100万規模に達し、かつ都市内に広大な緑地・公園スペースがあった。ほとんどは王領地の下賜である。

また有数のヨーロッパ都市はスペースのストックを構築しつつ、アメリカではパーク・アベニューという概念で、やはり大都市に広大な緑地を準備していた。ちなみにヨーロッパは、このアメリカ方式をよく知っており、研究していたし、それが1920年代のグリーンベルト構想に合流するのだが、緑地の都市論というのは考えてみるとだれもやらない。

つぎにスポーツについては、国民教育、国民皆兵というバックグランドがあるが、それを陰画としてスポーツは兵器のない闘いという意味づけである。だから平和の祭典である。

つぎに都市の空間利用として、体育施設は公園施設の一部であった。(だからほとんど室内空間なのに、公園に建設されるということも可能となる)。スポーツそのものがしだいに室内化してきた事実もある。(今回にしても、開幕くらいは都市ページェント化などはすでに提案されているのだが。)

整理しても長くなるが、これがオリンピック都市=近代都市=興行都市、である。またいくつかの都市祝祭研究が示すように、突出したヨーロッパ都市はそもそも祝祭指向、興行指向であった。

では東京でオリンピックを開催することの意味は?つまり東京は、まがりなりにも興行都市ロンドンやパリを理想化して近代初頭に都市化を進めており、大規模緑地の確保もすこしはやっていたので、結果として(はじめからオリンピックこみあったらすごいが)、開催も可能な都市になっていた、というのが愚見である。これはこれで遺産であり、東京が自負できる点である。だから緑地を減さないこと、ランドスケープを守ることが、まず近代オリンピック都市として適格だということが、歴史的にいえる。

ただ整理すると1940年東京オリンピックは、東京が世界規格の近代都市になったことを宣言するものとなるはずであったが、開催を辞退した。1964年は、平和と復興というような側面がつよくて、かえって都市理念が忘れられた。2020年は失われた20年からの回復といった気持ちになっていないだろうか。ここでも都市理念は希薄である。

さらに64年の成功体験があまりに強烈であったので、意識がそれに拘束されすぎてはいないだろうか。近代都市=興行都市は20世紀なのだが、21世紀はべつのかたちで都市にかかわってゆくことが求められてしかるべきである。

これを機会にいろいろなことを再考してみればいいと思う。近代オリンピックの創設者たちは、やはり興行空間として、近代都市についてのビジョンをもっていたのではないか(万博がモデル、は考えやすい)。その近代都市は、内部に広大なグリーンをかかえるというそれまでにはなかった特性をもっていた点がきわだっているが、同時に、国威発揚的なナショナリズムの国家の首都でもあったこと、そのような近代都市そのものが歴史的に相対化されてしかるべきではないか。あるいはそのような限られた数の20世紀都市が、世界的拠点のデファクトスタンダード都市となって、数世紀世界を支配するという話なのか。

とはいえパリはすこしまえにロンドンと開催をきそって負けている。今回は敗者復活。オリンピックとは開催することに意義がある。グローバル経済下で疲弊しつつある国民経済を抱えた国々のなかで、じつは開催可能な国の数が減ってしまうようなことがあると、ますます開催はその国の力の証拠のようなものになる。あるいはクリエイティヴ都市のような、ほとんど認証手続きののようなものになったら、いやなものである。

|

« ながい48時間(ボルドー紀行その1) | トップページ | パリがオリンピック開催立候補?(前稿つづき) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/57920492

この記事へのトラックバック一覧です: パリが2024年オリンピックに立候補するかどうかの件について:

« ながい48時間(ボルドー紀行その1) | トップページ | パリがオリンピック開催立候補?(前稿つづき) »