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2014年3月の4件の記事

2014.03.29

GA『ル・コルビュジエ 読本』

EDITA TOKYO様よりいただきました。ありがとうございます。

作品集とエッセイ集をかねた文献である。また建築メディアならではの作り方でもある。

学者目線でいうと初出をくわしく書いてほしいなとは思うが、GA誌に掲載された写真をふくめGAにストックされている写真がつかわれ、吉坂隆正のかなりまえの論文、磯崎新のすこしまえの論文、隈研吾や平田晃久の最近のインタビュー記事などをちりまべながら、住宅や、教会や、都市計画を論じてゆく。

GAの豊かなストック、内部遺産を活用した、煮込んだスープのような本である。建築界の成熟のひとつのありかたを示しているようでもある。

それとともにル・コルビュジエとは私たちにとって何者なのか、をといかける。多くの建築家たちが論じているのだが、面白い語りがしばしばそうであるように、彼らはル・コルビュジエよりむしろ自分を語っている。ル・コルビュジエ自身、二〇世紀の懸案の多くに懸命にとりくんできたので、また日本は彼の強い影響下にあるので、この建築家の枠組みの外にでて、対象化することが難しい。

ル・コルビュジエを歴史的に位置付けるには、まずいわゆる市民社会における建築界などものが一九世紀に形成されたことが前提であろう。彼はその建築界のなかで、対比的に自由な、ときに孤独な、立場をとることをした。そのために、いかに自分を鍛えるかをつねに考えていたのだろう。高額所得者であるプロスポーツ選手が、自宅にトレーニング施設を一式そなえて、身体のチューニングをおこたらないようなものであろう。独立事業者はすべて自律的にがんばらねばならない。

ル・コルビュジエの絵や彫刻はさほど評価されないように、彼の理論だけをとりだしても、そんなにおもしろいものはない。しかし色見本、寸法体系、などを自分なりに研究して発表するのは、宣伝とか、道具としてつかうかということではなく、そういうトレーニングをし、色、寸法、曲線、ボリュームを身体化する作業ではないかと思える。建築見学も、多様であり、どんな仕事がきても対応できるようにといった準備性が感じられる。

建築には本質がひとつあるはずだという前提があった、一八世紀の建築家たちとは、異なるトレーニングをしなければならない。ル・コルビュジエ(だけ?)がどうしてそのような自覚を持ち得たのだろうか、というのが興味深い。

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2014.03.11

うるの保育園

先週末、山を越えた内陸地帯に竣工したこの保育園をみにいった。建築家は研究室OG坂口舞である。二児の母でありながら、東京と福岡を往復しながら事務所経営をやっている。

保育園というのはひさしぶりに見学したのだが、少子化や制度改革のなかで、裾野の広い面白い分野であると実感。デザイン一般、アート、保健、教育などさまざまな分野と関連があり、子どもとはいえ全人教育なのだから、あらゆることはなんらかの関わりがある。さらに地域と関わりのある公共建築という側面もあるので、社会といかに関係づけるかという視点も大切である。園長先生も意欲的な方で、ヨーロッパにおける幼児研究のスタディ旅行などもしているらしい。

建物としては、小さい街としての建築というコンセプトのはっきりしたものである。さらに吹き抜けの階段室をおさめた塔が印象的である。

建築家坂口舞はフレキシブルで他人の意見をしっかり受け止められる点がいい。この保育園のような、さまざまな立場の関係者たちがかかわってくるプロジェクトにはふさわしい人材であろう。今のところほっこりキャラクターで売っている感がないわけではないが、しかし彼女はじつは芯の強い人であり、信念がある。キャリアをつめばそれがあらわれて、建築家としてのスケールも大きくなるであろう。

吹き抜け階段室は、もっと可能性を感じられるもので、階段の勾配をもっとゆるやかにして、そこで生活が展開される小ホールにすればさらに効果はあるだろう。ただ現状でも、小さい子どもたちに原風景や原体験を与えうるさりげなくシンボリックな空間になっていると思われる。そういう印象というものは、本人が自覚していなくとも、心に刻印されたまま一生残ったりするから重要である。

(システム不調なので、写真は後日掲載します)

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2014.03.05

山本理顕『「世界」という空間vs.「社会」という空間』

山本さんの『思想』連載第三章が送られてきた。ありがとうございます。

不思議なタイトルだなと思ったが、ハンナ・アレント『人間の条件』における二元論の発展のようである。社会とは近代そのものと言い換えられ、資本制のもとで人間も空間も脱中心化され断片化される状況である。世界とは、ここでは多義的で、社会ではないもの、すなわち古代ポリス、中世都市、彼が探究した集落などである。

さらに仕事と労働の二元論もくわしく論じられている。仕事とはやりがいのある、具体的な、自己実現としての仕事。労働とは商品として労働者がみずからを数値化し切り売りする労働。それは数量化されることで、普遍化され、資本制のシステムを支え、流通する。

全体としてはかつて近代批判をもういちどとらえなおし、より普遍化することである。それは近代建築批判そのものを組み立て直すかのようである。なぜなら近代建築そのもののも似た批判的意識のうえにたっていた。批判の構図そのものをはっきりさせねばならない。

今回は基本概念の定義づけということである。おそらくこれを土台にして、4章、5章でおおきな展開があるのであろう。

今回の設問はおそらく「世界」ということである。つまり生身の具体的な人間は、どうゆう状況、どういう連関のなかにいるか。それは人間がそこで生まれ、死ぬ世界である。

あるいは人間はどこで生まれ、どこで死ぬのか。交換可能な抽象的人間ダス・マンはどこからも生まれないし、どこにおいても死なない。交換されるだけである。だからどこかで生まれ、どこかで死ぬのが人間である。ぎゃくに人間が生まれうる、死にうるのが世界である。

そして19世紀と20世紀において、このような「世界」はどこに求められたか。それはさまざまに求められたのである。すなわち、古代に、中世に、歴史に、ときには先史に、未来に、あるいは彼岸に、そして集落に。そしてこうした探究をアンソロジーとして語ってゆくのか、あるいはさまざまな世界の上位に、世界一般、本質的世界があるのか。こうした大きな枠組みのなかで、彼は自分の建築を語るのであろう(か?)。山本さんの4章以降もおもしろくなってきた。

それらを先生からの宿題のように、ぼくは待つのであろう。そして宿題レポートのように感想を書くのであろう。このような変則的な対話は、不思議なものだが、心静かに、誠実に対峙するような気持ちになる。ぼくも10年後、山本さんの問いかけに答えうるようなものを書きたい気にもなってくる。

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2014.03.01

古市徹雄『走向自然』

古市先生より贈っていただきました。ありがとうございます。

千葉工業大学教授を退任するにあたって編集された作品集であり、ずしりと重い。

ぼくは古市先生には、たぶん直接会ったことはないのでは。彼が長崎市に建設した慰霊モニュメントについての批評を、十年くらいまえに、ぼくが地元紙に書いたことくらいである。とくにご返事があったわけではない(と記憶している)。しかしfacebook友だちでもある。ぼくは、研究室連絡板としてのみ、非公開グループとしてのみ使っているし、友人を増やそうというつもりもない引きこもり人間である。しかしはじめのころ、使い方もよく理解していないころ、友人になった(された?)ひとりが彼である。ちなみに同級生であった宇野求さんも、数少ないfacebook友だちである。世間の広い彼をとおして、ぼくは建築界の事情にふれているようなものである。これはこれでありがたい。

『走向自然』、つまり「自然をめざして」とは、ルソーの「自然に還れ」とル・コルビュジエ「建築をめざして」をいっしょにしたような概念である。丹下健三のもとで世界中の建築現場で修行をした彼が、各地の建築の特性を把握することでつねに原点回帰をこころがけつつ、そこにおいて本質を探究しつつ、そこから建築設計というひとつの目的にむかおうとする。つまり建築を離反して自然にむかうのではなく、建築をたずさえて自然をめざしているのである。

そういう意味では、建築に普遍的な、原点回帰、初源の小屋、高貴なる野蛮人といったいちれんの指向にもつらなる。しかし彼の場合は、ひとつの方程式に還元されるのではなく、豊かな多様性を産んでいる。

作品集の構成をみると、水、風、土などを経由して最終的には神に至るというルートが示唆されている。日本中、世界中に建てていった建築を作品集として編集するときに、さきほどの自然といった概念が軸とされるのだが、それが作るときの基盤となる思想なり概念であるのと、全体を俯瞰するときに浮上する概念であるのとは、また違っている。それは作者と読者の違いでもあり、創作と編集、主体と客体のそれでもあろう。

ル・コルビュジエの場合でも、晩年のデッサンには神秘主義的な図像や、秘教的な概念があらわれるのだが、それはひとつひとつの建築のためのエスキスというより、自分の作品世界を成立させる、形而上学的な枠組み、それを事前的にでも事後的にでもつくりあげるということであろう。

連想するのがジョゼフ・リクワートの『アダムの家』であり、初源の小屋への探究、すなわち建築における「自然へ還れ」の探究が不可避的に「宗教的なもの」への回帰となる、そういう建築の業(ごう)のようなものを感じる。それは畏怖して対面するようななにかでもある。

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