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2013.06.06

フラクタル/初音ミク

学生のころ、講義というものは70%はいわゆる脱線であった。90分間本題を語り続けた教員はひとりしか憶えていない。たいがいは60分ほどの雑談をし、ノートにそって20分ほど板書し解説し、じゃあねと去ってゆく先生がほとんどであった。

それが自分が教える番になると、現在ではお上のお達しもあり、授業計画をあらかじめ書き、そのとおりべっている。気の弱いぼくは、脱線といっても1~2分ていどである。しかし最近、加齢効果もあって5分を超えるようになった。

先日はルネサンス建築の講義で、アルベルティの建築を紹介していて、定番の住宅は小さな都市であり、都市は大きな住宅であるというお説にふれていると、これはフラクタル理論のことだと思い出した。そこで学生に、きみたちはフラクタル理論を知っているかとたずねると、ほぼしらなかった。そこで3種類のサインカーブを描いて説明したのであった。ついでに複雑系のことも話す。専門ではないし、準備もしていないので、それなりの説明であった。ただ15年ほどまえの流行の痕跡ものこっていないことを確認したのであった。ようするに誰もしらなかった。

こういうことを繰り返していると、ジェネレーションギャップを自虐的に楽しむという快楽にのめりこんでしまう。

『火の鳥』未来編を読んだことのある学生は一人だけいた。一人だけだったので、解説は省略した。

こんどは初音ミクは知っているかと尋ねる。美術手帖の特集をちらっと見たので憶えていたのである。ほぼ8割の学生はしっていた。さらに、質問にたいしてすこしどよめいた。この年寄りが初音ミクを、という反応である。初音ミクは、メディア時代の鉄腕アトムなのだ、と下らない解釈をのべる。アトムは10万馬力だということは、動力のある機械を擬人化したものである。初音ミクは、描き方が多様であり、さまざまに変化するが、それがメディアの擬人化なのであろうなどとかってにしゃべる。即興なので、いいかげんである。

この脱線からアルベルティにおけるルネサンス的勝利の概念にもどるときは、論理的なステップはふまない。3秒ほど、無言で遠くを見る。そして本題に戻る。予定した内容はすべて話したことはいうまでもない。

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