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2013年1月の7件の記事

2013.01.10

Grand Paris -Sortir des illusions, approfondir les ambitions, 2012 『グランパリ 幻想を払拭して野望を深める』

『グランパリ(パリ大都市圏)、幻想を払拭して野望を深める』

というやけに威勢のいい文献が、数多いグランパリ本のなかで目にとまった。共著者のひとりJean-Pierre Orfeuilは交通工学、土木工学、統計学の専門家であり本書ではより直裁に「モビリティ学専門家」として紹介されている。もうひとりのMarc Wielは都市計画家であるがとくに交通と整備に詳しい。

彼らが幻想と呼ぶものは、都市交通の平均所要時間を短くできると考えること、住宅が不足しているのでその価格が高くなると考えること、建設用地が不足しているとして都市域拡大をそしするために高密化できると考えること、高密化によってエネルギー消費を減し汚染を抑制できると考えること、などである。

とくに最新の考え方ではないが、一枚の絵によって、たとえばよくできたマスタープランにようなもので都市計画や都市整備がよくなるといった考え方は、根本から否定されている。どうじに建築的手法によって「空間を組織する」といった発想がもはや都市整備の基本方針にはならないことが示されている。

ただポレミックな書であるにはとどまらず、20世紀初頭からの主要な首都圏都市計画をレビューしており、また統計データもそえて、説得力を増そうとしている。さらにここ数年の「グランパリ」計画において、国、地方圏、自治体のあいだでどのような対立があったかもきちんと説明している。だからレヴューとしてはよくできているのだが。

都市計画は基本的には専門外なので、専門的判断はできないが、いわゆる「都市計画」は20世紀初頭に先進国で成立した「都市計画法」にその根拠をもっており、その基本は、自治体ごと、都市圏ごとにマスタープランを作成することであった。その20世紀パラダイムがおわったということであろう。

もうひとつはヨーロッパ的体制の中で、いわゆる首都圏のインフラ整備としれによる発展をめざす「グランパリ」計画のなかで、国、地域圏、パリをふくむ自治体、などの対立のなかで、この大計画は一時的にサスペンディドになっているが、しかしこれは過去になたのではなく、まさにこれからの課題として取り組まねばならないと主張している。それゆえの「野望」である。そのためにはさっきの国、地域圏、自治体といった階層構造のなかであらたな組織化をしなければならないし、もっと市場原理を導入しなければならないといったことも指摘されている。

こういう指摘があるとふたたび100年前を思い出す。インフラの不備。そうなのである。20世紀初頭、メトロ(地下鉄)計画が発足したとき、パリ市と周辺自治体の相互不信から、あくまでメトロはパリ市内となった(ごく一部が郊外にものびている)。そういう20世紀初頭の状況から、21世紀初頭ははっきり区別できるほど進歩しているのだろうか。また戦後高速地下鉄網がパリをこえて施設されたが、規格が違うので、日本の大都市圏のようなダイナミックな相互乗り入れはできていない。さらに政治的には中央=保守、周辺=革新という構図のなかで、むしろ戦後になってパリ市=中央は特権的にふるまおうとした。ミテラン大統領は中央と周辺を融合しようとしたが、あきらかに手法は限られていた。

「モビリティ専門家」というだけあって、建築=動かないものを冷遇してはいるのかよろしくないが、別の視点を提供してくれてはいる。それにしてもこういう大問題の根本は、やはり第二帝政のころに大量の労働者がパリに流入してきた、そして階層が形成され、それが郊外へと拡大していった、そのあたりの近代資本制都市に生まれ変わったパリの出自そのもののなかにあるのであろう。

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2013.01.06

Agrandir Paris 1860-1970, 2012 『パリを拡大する』

日曜日なので朝は散歩した。広い公園はジョガーでいっぱいであった。パリの人々がかくもジョギング好きなのは驚きであった。午後、斜め読みの読書をする。最後の一秒まで観光し尽くすなどという根性はもうない。

『パリを拡大する』という文献がパリ大学とパリ市の共催のようなかたちで出版されていて、迷わず買った。監著者はふたりおり、フロランス・ブリヨンは第二帝政時代の都市計画の専門家、アニー・フルコーは現代史の専門家で、現在は戦後のヨーロッパ横断的な社会住宅の歴史に取り組んでいるっとあるが、いわゆるパリの郊外問題の専門書を何冊か出版しており、きわめて発言力のつよい人である。

パリ市が関わっていることからわかるように、いわゆる「グラン・パリ」計画、すなわちパリ大都市圏(首都圏)をこれからどう整備してゆくかという世紀的課題が背景にある。それを考察するために、1860年、すなわちナポレオン三世下でパリが周辺市町村を併合して、12区制から20区制に移行した時期を出発点として、各段階、現在そして将来をも論じようというものである。

多くの専門家が参加して執筆してるたいへんアカデミックな論文集であり、一読すればかなりの知見を得られるであろう。安全保障の課題(市壁)、周辺市町村併合、郊外の発生、地下鉄網をどこまでのばすかの課題、20世紀初頭の都市圏拡大委員会のこと、20世紀初頭の社会的住宅と戦後の団地という課題、戦後の都市計画を指揮したドルヴリエ大臣の政策、近年の戸建て住宅による都市化、などがベルリン、マドリッド、ロンドンなどとの比較の上で論じられ、「グランパリ」を構想するための基盤が提供されている。

ハーベイ『パリ モダニティの首都』などを読むと、伝統的な都市が、本格的に資本制によって回転するようになった第二帝政時代がいかに危機をはらんだものであったかがわかる。ハーヴェイ自身は20世紀初頭で物語を完結させたのであるが、しかし都市そのものは資本の循環と拡大という新しいパラダイムによって動かされつづけた。物語は終わりではなく、むしろこれからなのだ。『パリを拡大する』はその終わりのない続編なのであろう。

都市は自然発生物ではなく、きわめて人工的なものなのだが、その人工的なもののきわめて複雑な堆積物であるがゆえに俯瞰すると自然的に見えるというきわめて特殊なものではないかと思う。しかし本書をみると、堆積の層をひとつひとつ区別してゆくことで、ひとつの都市の多層構造がみえてくる。そして自然的にみえても本来は人工的であるように、都市史とは都市計画史あるいは都市構築史なのであろう。あるいは「計画」という言葉はあまりに20世紀固有的なのでもうすこしフレームをひろげて「都市経営史」などとよんでもいいかもしれない。

「拡大」というコンセプトで、1860年代から将来までを読んでゆく。こういう言い方もできるであろう。歴史を現代的関心で読んでいくとどうじに、現代を歴史的な目で分析する。俯瞰的という表現があるが、俯瞰的というのはひとつの見方ではけっしてなく。どう俯瞰するかということがつぎの選択として重要なのであろう。

若い頃ラヴダン『パリ都市計画の歴史』を読んで、そういう俯瞰性を学ぼうと思ったものであったが、これから都市や建築の歴史を勉強しようという人は、この『パリを拡大する』というような文献を出発点としてはいかがであろうか。ぼく自身も本書を読めば勉強になるであろうが、なまじっか年をとったのでなんとなく読まなくても読めてしまう部分もあって、最近は学術書も「読み物」として読んでしまう不埒な心性ができつつあって、困ったものである。

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ラブルースト展とバルタール展

パリ滞在も終わりに近い週末、建築展をみにいった。

シャイオ宮ではラブルースト展をみた。留学時代、旧国立図書館で閲覧していて、あのベンヤミンもこうしていたのかと子供じみた感慨にふけっていたので、思い入れはあった。しかしやや期待はずれであった。もちろんデッサンはうまく、古代建築の復元も美しく、古典の基礎の上に図書館というあたらしい建築プログラムをフランス合理主義の伝統のなかで実現したし、サント=ジュヌヴィエーヴ図書館も国立図書館も傑作である。後者では、閲覧室(鉄骨造を古典主義で表現)と書庫(むき出しの機能主義的鉄骨造)という対比も面白い。ただ展覧会の内容が、ラブルースト=前近代建築、つまりヴィオレ=ル=デュク、ド・ボド、シカゴ派の先駆者といった位置づけで、歴史観としてまったくつまらないと思ったものであった。

オルセ美術館ではバルタール展であった。旧レアール(中央市場)を100%鉄骨蔵で建設し、そのほかにも主要な教会堂をやはり新しい構造で建設した。バルタールのデッサンも絵画も展示されていたが、絵描きとしての才能もはっきりラブルースト以上で、こういうふうに残酷に比べてはいけないとも思ったものであった。これまでラブルーストというと、オスマンと学友であったというコネをいかして、第二帝政時代に公共建築を多くてがけた巧妙にして幸運な建築家というイメージが流布していたきらいがある。しかしこの建築展にあるような膨大なデッサン、絵画、写真、図面などをみると、やはり才能なのである。レアールにしても、石造の鈍重な初期案を建設しておいて、ナポレオン3世が「傘があればいいのだ」というと、ウルトラモダンな軽快な鉄骨造のパヴィリオンで大空間を包み込んでしまう。こうした芸当が、モダンの立場から、仕事ほしさの無節操な折衷主義として揶揄された。そうではなく、彼は大胆にギアチェンジし、クリエイティヴな才能を極限まで展開したのであった。

ついでにクールベの《オルナンの埋葬》など(いろんな意味が埋蔵されている)や、セザンヌの絵(色がよかった)を見てきた。

それにしても人が多くてまいった。

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2013.01.04

《パリ盆地のオフィス建築》展

アルスナル館で標記のような展覧会が開催されていたので見てきた。WEB版ル・モニトゥール誌でも紹介されつつある。

東西のアンバランスゆえに、バランスに配慮するパリ都市計画の伝統を反映したわけでもないだろうが、パリにはふたつの建築博物館(ギャラリー)がある。

西にはシャイヨ宮のなかにある建築・遺産都市という建築博物館。ここはヴィオレ=ル=デュクいらい古建築保存の拠点であったが、数年前に、IFA(フランス建築協会)を編入して、中世建築中心のギャラリーと、近現代ギャラリーという2部構成の建築博物館となった。そのはざまにある古典主義は意図的に冷遇されていることはすでに書いた。ともあれフランス合理主義は、古典主義をとびこえて、中世と近現代をつないでいる。そしてここは、かつてはモニュマン=イストリク(歴史的建造物)いまはパトリモワンヌ(文化遺産)という意味で、どちらかというと国家というものを体現している。

いっぽう東にあるのがこのアルスナル館であり、ここはパリ市都市計画局のショウウインドウといった感じで、パリの都市史をグラフィカルに示すかたわらで、現在進行形のプロジェクトを展示したり、課題を述べたりする。歴史的文脈と、現代の課題をというふたつの側面をいつもバランスよく理解させるようになっていて、現代というものを歴史的に位置づけることを忘れないすぐれた展示となっている。

それはともかく今年は「オフィス建築」がテーマである。オフィス建築先進国であったアメリカの諸例を展示し、パリ大都市圏のなかでオフィスがいまのところ5200万㎡がどのように分布しているかなどのデータを示し、それが産業構造の変化の結果であること、そして現代のタイプがいかようなものかを示している。

WEBによればフランスで最初のオフィス建築展であるらしい。そういえば記憶にあるかぎり、この国の建築雑誌の特集テーマは、住宅、都市、学校、病院・・・などであってもオフィスは記憶にはない。工場はあったような気がする。

もちろん世界の趨勢などに従う必要もないし、パリにはそこ固有の時間と時代があっていいのだが、それにしてもいまさらという感じがしないでもない。製造業からサービス業へ。そのとおり。単一機能から用途の複合化へ。これもそのとおり。勤務スタイルの多様化、アメニティの向上。オーディトリアムや会議室だけでなく、飲食店、スポーツ施設、託児所。まったくそのとおり。アールインワン化、オフィスのキャンパス化。これも想像できる。新しい環境工学、エコ、ファサードのダブルスキン化。これもとくに新しくない。

結局、パリ固有の文脈から読み解くしかない。都市計画的には、ラデファンス地区はまさにオフィス街として1960年代から整備されたが、記憶によれば総床面積の70%だか80%だかが外資系で、ほとんど経済出島なのであった。だから今回の特集は、オフィスが重要な都市施設であることを再認識し、都市のなかに普遍的に存在すべきものであり、都市の発展のためにポジティヴに見直そうということである。

もうひとつ考えられるのは、パリ大都市圏は交通インフラもじつは不十分であり、また自治体間の社会的・経済的格差も大きく、きわめて不均質である。21世紀の富と雇用の源泉であるオフィス空間をなるべき均等に配置すれば、大都市圏としてバランスのとれたものになる。それが社会的安定のための礎になる、といったことはただちに想定できる。ただオフィス施設は自足的な島宇宙化して、それまでの伝統的な都市との一体感はすこしなくなるであろうが。

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Vatican II, 50 ans après

『バチカンⅡから50年』

という文献を見つけたので、ぱらぱらとめくってみた。そういえばそうなのだが、第二バチカン公会議は1962年から開催されたが、それから50年たった。そこでこの50周年にあわせてバチカンⅡ本のラッシュなのである。パリ市内の宗教図書専門店にいってみるとたくさんの種類のバチカンⅡ本があった。本書はそのなかのひとつである。

建築でもそうであったが、1960年代というのは「危機」であった。それまでの伝統的な建築観がもはや成立しないという意識があった。だから建築家たちはきわめてラディカルになった。

それは全般的な社会の危機、近代の危機のひとつのあらわれであったが、とうぜんカトリックもそれを意識した。だから本書では「カトリックの危機」への反応が、この公会議であるとしている。60年代を生きた経験のある人びとなら(といってももう老人なのであるが)、たとえキリスト教徒でなくとも、その危機感の延長上に、その「危機」を実感し共有できるはずである。

本書では、この公会議の本質は、これまでの公会議とは違って、厳格な教義を定めることそのものを拒否したこと、現代社会をまず肯定すること、垂直的なヒエラルキーではなく水平、分離ではなく和解を旨とすること、といった全般的なことが説明されている。さらに、とくにライカ laïcatが重要テーマであったことが再確認されている。

ここでフランス語の用語は邦訳するのが難しく、説明を要する。laïcatは聖職者ではない一般信徒という意味だが、laïque(laïc)は一般信徒、非宗教の二つの意味があり(辞書的には「非宗教」だが本来は「非カトリック」ではないかと邪推する)、laicïtéは非宗教性、世俗性、政教分離を意味する、というわけである。つまり一般信徒/非(無)宗教者は言葉の上で、どう定義されているのだろうか、というのがわかりにくい。

これはおなじライシテ(世俗性)を、共和国から論じるのか、バチカンから論じるかで、(矛盾はしないと思うが)論じ方が違ってくるのであるというふうに理解できる。ライシテとは宗教の否定ではなく、宗教が展開される空間の規定(つまりある宗教の信者であっても、公共空間では宗教に触れないし表現もしないのがライシテ)なのであるし、バチカンはそのことを知りつつ明記しないで、一般信徒の課題として議論しているように見える。

ともあれこの公会議は、日本で教会建築を研究している人にとっては常識に属することなのであるし、ぼくはそれほど教会建築を勉強しているわけではないのだが、公会議の影響で教会空間が変わったというより、西洋的文脈ではさまざまな変化をどう整理するかということで公会議は開催されたのであって、教会建築においても、あたらしい内部空間の形式がさまざまに試みられてその結果、バチカンⅡによって新しい方向性が認められたという構図は押さえなければならないと思われる。日本からみるとバチカンⅡは新しい教会建築の原因であるが、ヨーロッパ的文脈ではその結果であるらしい。

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Quelles villes pour le 21e siècle?

『21世紀の都市やいかに?』という本が目にとまったので、年頭に読む本としてなかなかよいのではないかと思い、最初と最後だけ読んでみた。ティエリ・パコが序文を書いている。

結論はあっさりのべられていて、「惑星次元の都市化」である。ちょうど50年前は全国土の都市化が語られたように。地球全体が都市化してゆく。1800年までは人口100万の都市は、ローマ、コンスタンティノポール、西安、バグダッドの四つしなかなった(江戸を忘れていません?)、20世紀は第三世界都市、社会主義都市、資本主義都市という3類型があった。21世紀はグローバル化の作用によって、北の都市と南のそれという南北問題となり、新しいガバナンス形式が発展するであろうが、地球の運命を握っているのは中国、インド、ブラジルという「大陸国家」における都市化なのである(ではアメリカは?)、というご神託であった。

ルイス・マンフォードのそれに匹敵するような壮大な枠組みが語られる。人類都市史は、新石器時代から(都市社会)、大航海時代から(世界都市)、産業革命から(現代につながる)の3区分がなされ、それらのプロセスにおいてキーワードは「都市」から「都市性」(都市化?)に移行したという・

そして都市化あるいは都市的なるものは、5種類に分類できる。スラム。メガ都市。グローバル都市(サスキア・サッセンのいうような)。住居専用地区(ロンドン西部のスクエア開発からゲイティド・コミュニティ・・)。中規模都市。地球上はこれらの5要素の組み合わせとなってゆくが、場所はそれぞれ固有であり同じものはふたつとないものの、5要素の組み合わせという点ではどんどん均質化してゆき・・・・という悪未来もみせられる。ただそうしたなかで社会、都市、コミュニケーション、環境という4課題に取り組まねばならない、という。

というような枠組みでかなり豊かな各論が展開されているが、まあ時間があったらひととおり読んでみようかな。

漫然とテレビをみていると、フランス国内でも徐々に人口移動がおこっているらということが報道されていた。ベルギー、ドイツとの国境に近い北東部は、製造業の衰退と平行して人口減である。反対にこれまでこれといった産業がなかったのでさびれていた南西部は、大西洋や地中海に面しているという地理的・機構的な好条件もあって、人口増である。

グローバル化そのものは否定できない事実であって、近年点検しなければならないのは新自由主義経済であろう。後者は政策であり人為的なものだから修正もできる。100年前の都市論は、資本制を成立させた都市に関心が集中していた。資本制が伝統的都市を近代都市に変容させるという枠組みで、多くのことが語られた。それは移行期の語りであった。地球そのものが都市化してしまうと、別の形式の語りが要請されるのであろう。

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2013.01.01

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