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2012.11.11

絆/エスニシティ

 たいへん格式の高い某学会の大会を聴講した。テーマはエスニシティであった。

 多くのことが語られたが、人と人の関係、ということでは絆とエスニシティの問題は交差する。

 エスニシティは1980年代にアメリカでさまざまなエスニック・グループの衝突などが問題になったときに、社会学や人類学の研究対象とされたようである。他民族からなるアメリカ、移民の国であるアメリカでは、モザイク状にさまざまなエスニック・グループからなるのだが、それはヨーロッパの同じ地域の同じ宗教の人びとがグループをなして移民してくることにもよる。こうしたグループの絆は、宗教、言語、文化などである。モザイク国家はアメリカだけでなく、中東の国々、ヨーロッパの国々もそうである。

 いっぽう日本は、単一民族国家というのは虚構であるが、単一民族国家指向というのは一貫しているという専門家の指摘があった。日本では近代においてヨーロッパほどの強引な同化政策はとらなかったが、いっぽうで国籍を日本にして帰化させてしまえばすべて問題は解決したとみなすという国籍至上主義があるという。これと同一視したら専門家は怒るのだろうが、フランス共和制における不可分で一体の共和国という理念と構造的には似ている。つまり国民は均質で分節化されていない。おそらく日本社会の特質は、均質化モチベーションということになる。そして情報化やWEB社会はこの均質化をむしろ加速するのではないだろうか。それが絆のなさとなって帰結する。おそらく大震災や津波によって、絆が損なわれたというより、絆がそもそも不在であったことが顕在化したのではないか。

 絆では宗教がおおきい意味をになっているという指摘も面白かった。レバノンやシリアといった中東の国々で紛争がおこるのは、よく間違って部族間抗争などといわれるが、むしろ宗派ごとに代議員を出すというヨーロッパがこの地域におしつけた方法が、紛争を制度化するような作用を及ぼしたというのである。

 講演をきいていると、現代の世界は移民でなりたっているという視点も必要なように感じられる。ヨーロッパの某地区からアメリカに移民してきた人びとは、そこが戦争になると経済的に支援する、つまり民間ルートなどでアメリカの富を出身国に還元しようとするし、アメリカの政治にはロビイストがいて特定の国に得な政策を誘導しようとするが、まさにこういったことが「絆」なのであろう。ヘテロジーニアスな世界のなかで、同じ宗教・民族などを根拠にするネットワーク、その結合の様相はすなおに「絆」と呼べる。

 しかし日本社会はどうも均質化志向であり、ホモジーニアス化指向である。そこでは絆の構築はますます実体を失ってゆくような気がする。

 アメリカ人が出身国へ送金する現象と、日本社会のギブアンドテイク・メンタリティの問題が唐突に結びつくのだが、思想家たちがいっている「贈与」の概念にもっていくとどうなるか。贈与について考えてみるのも可能性であろう。

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