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2012.07.16

丹羽和彦さんのこと

丹羽教授が61歳で逝去された。

丹羽さんとぼくは同じ頃にD学位を取得したが、研究領域も近かったので、面識はなかったのにおたがいに存在を意識し、若干の交流をしていたという間柄であった。彼はエコールポリテクニクについてD論を書いた。そのD論のコピーを一部送ってきた。ぼくはその数年前にそのエコールポリテクニクについて小論を書いていたので、それを送り返した。すると丁寧な礼状がもどってきた。同じフランス建築を専門とするふたりの研究者は、喧嘩する関係になってもおかしくないが、ぼくたちの関係はきわめて穏やかであった。あるとき、異動通知を兼ねた年賀状がとどく。恐縮して返事を書く、そんな関係であった。

思うに、事後的にわかることだが、彼はぼくにとってすこし上の兄貴のような存在であった。学会やなんかでときどき会う丹羽さんは、ぼくやぼくの学生に厳しい質問をするときもあったが、同時に教育的な包容力にも満ちていた。ぼくの研究室の学生たちがとりくんでいることにかんしても、それなりの興味をもていただいたような印象もある。ぼくはぼくで、宴会やなんかの席では、遠慮なしにストレートなことをずけずけいうのだが、それらもすべて吸収されてゆく感じであった。

彼については勘違いしていた。ゼネコンの設計部にいたと思い込んでいた。そうではなく電電公社にいたのだ。電電は営繕関係のスタッフをフランスに留学させ研究させることをずっとやっていた。それでいろんないきさつが氷解したような気がした。戦前のモダン建築の揺籃のひとつであった逓信省からの流れを引き継ぐ電電公社も、スタッフを留学させて、創造的な設計家として育成する、そのような大きな流れのなかに丹羽さんもいた。その彼がフランス建築で博士論文を書こうとおもって名古屋大学に戻るのも、個人的なわがままではなく、必然性がある。日本モダン建築の正統な嫡子は、きわめて正統的にも、フランス合理主義建築を研究の対象として選んだのであった。

丹羽和彦『エコール・ポリテクニクにおける建築教育の理論的特性に関する研究』1993

これが彼のD論のタイトルである。ほぼ20年ぶりに目をとおしてみる。かれは200年まえのフランスにおける建築教育の変化を、「形式」の自律化といったようなコンセプトでくくってみせる。専門家として読むといろいろ文句はあるが、しかし論点がはっきりしているばかりでなく、テーマに発展性があり、なにより設計を業務としてきた実践家としての視点がある。純粋学者がなにかの「形式」性を指摘することは比較的容易かもしれない。しかし実践を経由した研究者が「形式」性を指摘するとき、そこに、その「形式」を経由してふたたび実践に還元され、全体として螺旋形に展開してゆく構図が構想されていることがわかる。このD論の行間から、それが伝わってくる。それは素晴らしいパースペクティブなのではないか。それは建築史をとおして建築に昇華する道でもある。すくなくとも、フランス人学者にくらべてどうしてもアーカイヴ力に劣る日本人学者にとって、そのような構想力をもつことが可能性のひとつである。

彼がアンリ・ラブルーストに関する文献を集めていたことも葬儀のなかで教えていただいたが、専門家的には、そのテーマの必然性はいたいほど理解できるつもりである。ポリテクニクの展開として、ラブルーストでなくてはならないのだ。20世紀の浅はかなモダニズム史観では、19世紀は様式が薄まってゆく過渡期に過ぎない。しかし19世紀とは、新しい技術が開発され、建築理論も飛躍的に進化した、きわめて創造的な時代であった。しばしば不純で一貫していないように見えるには、その中身が豊穣すぎて、外見と実現がそれに追いつけなかったからなのだ。おそらく丹羽さんはそのことを熟知していたであろうし、すくなくともそれを解説できる数少ない学者のひとりであったはずだ。

しかし彼には時間が与えられなかった。ぼく自身は若い頃、先輩たちから建築史家は60歳すぎてからが本番だととしばしば教えられてきた。丹羽さんは飯田先生から同じような話をうかがったかどうかはしらない。その意味がよく理解できる年代に達したぼくにとって、彼が果たしえなかった可能性、おそらく大きいものであった可能性について考えることが、せめてもの恩返しなのであろう。

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