« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月の3件の記事

2012.02.24

Global Ends/漂流する建築?

グローバル・エンズ。世界の果て。ギャラ間の展覧会の図録である。初版第一刷が今日2012年2月24日なのである。ご縁のおかげでその日に目をとおせたので、すこし書いてみる。

最初に脱線。昨日、学科会議というものにでていたら、隣にいた同僚(建築家である)が「アーキデイリー」を見ていた。ぼくもfacebookつながりで彼がときどき「いいね!」と共感していることは知っていた。あのサイトをみると情報満載で、全部見きれないほどあって、情報飽食の天井を破っている感がある。だから逆に、情報の海を、うまくカテゴリー化、構造化、階層化して整理することが、21世紀の哲学のようなものになるかもしれない。哲学が大げさなら理論でもいいのだけれど。

「世界の果て」はそういう切り口のひとつなのであろう。グローバル化はそもそもフロンティアの喪失であることはずっと意識されていた。だからこの惑星の表面がネットワーク化し、一体化し、均質化に向かうなかで、もはやここが辺境であるなどというかたちでは指示できないものとなっている。「果て」とは。だからセレクションにのこった建築家7名を選んだ、内藤廣や岸和郎といった建築家たちが、ある状況に身を置き、そこが「果て」と感じてしまう、その状況感がリトマス試験紙になっているのであろう。だからこの図録から読み取るべきは、作品そのものというよりも、この「世界に身を置くことの感覚」なのであろう。

その意味では安藤忠雄が「孤立」することの意義を説いていたのを引用しているのは、そういう意味であろう。人間は孤立できるのである。

話はふたたび脱線するが、先日研究室説明会をしたとき、3年生が環境とSNSの関係について研究したいということをいっていた。たいへん結構なのである。ただこの文脈では、つまりSNSが絆の再確認にはよいけれど、出会いは貧弱だという批判もきくと、どうなのであろうか。最良の「果て」とは個々人の「孤独」「孤立」なのであろうか。

座談会では、原研哉が、ポスト工業製品時代のデザインとはなにかという問いを(気をつかって)投げかけていたが、建築家たちはあまり答えていなかったように感じられる。100年前、建築家たちは建築を(とくに住宅やオフィスを)工業製品のようにしてつくろうと考えていた。その立場が逆転しているようでもある。日本国内での製造業は淘汰が進んでいる。そういうものはもう建築のモデルにはならないかもしれない。あるいは建築のモデルになる「デザイン」はきわめて限定されるのであろう。ぎゃくに「デザイン」が「建築」モデルを求めているというのが大勢であるとしても、それほどうれしいことではないのだが。

みたび脱線すると、先日やはり同僚(哲学者)とランチしたとき、ロビンソン・クルーソーなどの「漂流」概念の拡張版について語っていて、面白かった。海流にながされるなど事件としての漂流はかわらないが、どこに漂着する、だれに救助されるかは世界状況によって異なってくる。だから世界からの逸脱は個別的だが、世界への再回収はその世界の状況に支配される。

・・・などということである。果て/孤立/(人の・産業の)漂流などといった昨今の状況を考える手がかりとなるであろう。

建築は漂流する。なにかから離れ、どこかに漂着する。そういうメタストーリーでいろんな作品やプロジェクトを見てゆくと面白いかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.02.11

マルセイユのユニテ・ダビタシオンで火災

1641557_6_499e_laciteradieuseamarse

WEB版のルモンド紙やモニトゥール誌によると、現地2月9日午後に火災は発生したようである。(記事は2012年2月10日の11時16分のもの。)

1995年に文化遺産となったこの建物は2004年にもすでに火災を起こしているが、その時は2戸が被害を受けたようである。

今回はまず午後に火の手があがり、3戸が被害をうけ、いちど鎮火したが、21時頃ふたたび火事となり、焼失は8戸ということだが、複数階が火災にあい、煙による損害などをふくめて、規模はまだ確定していないようである。

新聞では事件の事実を淡々と伝えているが、専門誌では、出火源、断熱材、避難などの問題をチェックしていた。保存×近代建築×災害(火災)は重要な課題であるので、議論もされるようになるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012.02.10

『モダニズム建築って何?』

「建築雑誌」2月号だが、「建築の争点」なるコラムがはじまっていて、太田省一さんにこのブログで論じたことを取り上げていただいていた。このモダニズム建築という和製英語の問題を提起しながら、言葉狩りにならず、それを論じるための枠組みを拡大しようという学術雑誌にふさわしい内容であった。

個人ブログにすぎないものが、権威ある日本建築学会の機関誌にて公式に認定(?)していただいてたいへん光栄である。

ぼくがこの問題を論じた初出は2008年4月30日と5月4日の記事であった。『建築雑誌』2008年2月号特集「モダニズム建築の保存」と、ウィキペディアの「近代建築」の項を批判したのであった。この時ウィキペディアにはまだ「モダニズム建築」の項はなかったと記憶している。

http://patamax.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_a90b.html

http://patamax.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_9c66.html

それからウィキペディアにとうとう「モダニズム建築」という項が登場していることに気がつき、少し腰をいれて論じてみようと思った。2009年1月10日、13日、15日の投稿である。建築史用語として論理的に矛盾しているという指摘をしたかったのだが、テレビ番組にまで登場してしまったので、もう修正不可能だとあきらめ、こんどは「モダニズム建築」をめぐる一種の精神史として分析しようとしたのであった。

http://patamax.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-24b3.html

http://patamax.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/ch-b344.html

http://patamax.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-baaa.html

それなりにいいネタだと思ったし「モム建論」として連載にして揉んでみようというオヤジギャグまで考えたのであるが、怠惰なぼくは連載宣言した瞬間に挫折するというていたらくで、それからほったらかしであった。

このようにレビューしてみると初出からほぼ4年(!)ですが、学会の良心、世代を超えた歴史観、といったものも感じられて、ブログをやる意義もあったというものです。

今私たちが生きている21世紀において、近代化やキャッチアップはすでに建築界的目標ではないのですが、20世紀をどう歴史的に位置づけるかという大問題のなかで、この「モダニズム建築」課題はけっこういい突破口になるかもしれない。

ところで文脈はとぶが、「カーネーション」のヒロインのモデルになった人物は丹下健三と同年生まれだそうである。すると糸子はある意味でモダニズムを代表しているかもしれないし、呉服に対して洋服という構図はけっこう建築のそれに似ていたりして。すると三姉妹に相当するのは建築界では・・・・やめておきましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »