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2011.12.24

『RIKEN YAMAMOTO 山本理顕の建築』

先日横浜によって、山本理顕さんのY-GSA教授退任の記念パーティに顔をだしてきた。基本的には建築家の集まりといった感じであった。ぼくのほかに建築史家はいたかもしれないが、気がつかなかったし、遠方からということもあってすこしアウェイ感がした。それに震災の体験度が違うということもあって。

標記は帰りしなにいただいた2冊の文献のひとつである。巻頭論文は思想系の雑誌に掲載されたものの再録のようであるが、ぼくが1992年に書いた論文『住宅という名の原罪』が引用されていてたいへん光栄であった。そのころ石堂威さんに勧められて雑誌にいろいろ書き始めていた。その最初の主題のなかのひとつが理顕さんの建築であった。保田窪がやっと完成したころであった。

当時の彼は住宅が中心であったが、骨格のきわめてはっきりした論文をいくつか書かれていた。

ぼくはぼくで、住宅は自分にとって重要テーマのひとつという自覚はあって(とはいっても業績はすくないが、リタイアするまでに重厚な住宅論を書くつもりである)、それは1980年ころにフィリップ・アリエス『子供の誕生』を読んでいらいの問題意識であった。だからフランスの住宅論文献のいくつかには目をとおしていた。それは19世紀の諸問題にたいする20世紀の回答、という構図で理解されていた。

そういう文脈で理顕さんの住宅と論文をみたとき、そこでは日本的特殊性はあっさりとのりこえられていて、近代の普遍的な相において、住宅を建築の問題として論じられていることがはっきり認識できた。ぼくはそれにたいして、まさに普遍的な認識をもって答えねばならないと感じたし、おかげでアナール学派的家族論を下敷きにした上記拙論が書けたのだが、それは留学生活の隠れた卒業論文のようなものであった(今からみれば幼稚であるにしても)。もちろん情報としてフランス住宅についてはなにも書かれていないが、問題意識はそういうところであった。山本さんに評価していただけて、たいへんうれしかった。

「19世紀の諸問題にたいする20世紀の回答」と書いたのはそれなりにぼくの歴史観である。資本論的歴史観がいまでも支配的であるので、19世紀の空想的社会主義や自由放任主義はよろしくなく、未熟でさえあり、20世紀の科学的社会主義や法制度として確立された都市計画がはるかに優れている、という枠組みはいまでも信じられている。いっぽうで20世紀的近代への批判もおおくなされる。個人的には、19世紀の理論や思想はじつはいまだに有効なのであり、検証するにはあまりに時期尚早なのであり、つまりそもそも20世紀は、可能性としての19世紀をまだ完全には実現していないのだ、と思える。これは反動的に19世紀に回帰することとは違う。19世紀の普遍性をもういちど考えてみることだ。たとえば建築理論を考えても、ヴィオレ=ル=デュク、ゼンパー、ラスキンなどと並べてみると、ほんとうに「理論」を構築したのはまさに19世紀であったことがわかる。それにくらべると20世紀はせいぜいはぐらかし的な批評でしかなかった。あるいは『思想地図』における猪瀬直樹的にいえば「家長」的な19世紀にたいする「放蕩息子」的な20世紀なのであろう。21世紀は、そのどちらかをとる、のではなく、両者の同時的相対化をとおして獲得されるのであろう。

ぼくが1992年の時点で理顕さんの建築と理論を評価させていただいたのは、彼の考える射程のなかに19世紀がしっかり含まれているからであり、近代=20世紀としか認識しない近代批判とはかなり次元が違うからなのであった。この考えはいまでもまったく変わりない。

それからかなりの時間がたってしまった。大規模な公共建築も多く手がけられた。それらをみると、理顕さんの建築は、システムの自己運動・自己生成にまかせる部分と、建築家の見識にもとづくコントロールという異種のものをいかに現実のなかで調停するかというところが、スリリングであり、魅力であるように思える。

こうした矛盾の調停とでも呼べそうな方法論は、先にのべた理論のほうでも生かされているように思える。空間帝国主義と揶揄されたこともある、理論的図式をそのまま建築平面に投影するかのような理論化がそうである。制度は自己生成するものであり、制度にもとづく建築もそうであるが、その自己運動的なものに他者=建築家として介入する。そのとき制度に完全にからみとられるのでもなく、ユートピアン的に既存システムから逃避するのでもなく、第3の道が開けるのである。

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