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2011.11.23

人間の顔をした資本主義?

ねんのためにWEBで検索したところ、日本における「人間の顔をした資本主義」の初出は2008年のようである。

このお題でフランスの週刊誌が特集をくんでいたので面白かった。リーマンショック以来、新自由主義、市場至上主義がうまくいかないのは共通の認識になってしまった。

もとはといえば「人間の顔をした社会主義」なのであった。そもそも自由主義経済が人間にとって過酷なことは、19世紀の自由放任主義で判明していたのであった。それを正すための社会主義であったが、それが抑圧的となったので、人間の顔をした社会主義などといわれた。それがこんどは資本主義の番である。状況の逆転などというものではない。再逆転、あるいはそのまま、である。こんなことになるなら、そもそも、人類は19世紀の経験をほんとうに学んだのか、とまでいいたくなる(がそれも極論であろうが)。

日本では社会的住宅というのはほとんど死語のように感じられる。しかしヨーロッパでは社会的住宅が不足していて、なんとかしなければという状況らしい。さらにはMoMAの展覧会で、社会性のある建築プロジェクトなどというテーマのものがあるらしい。

19世紀の自由放任にたいし、20世紀はじめの社会主義的な介入がなされた。それらは排他的なふたつの選択肢として人類のまえに提示された。公共住宅などというものもいちばん分かりやすい例である。

そうだとすれば21世紀は、資本主義的原理と社会主義的原理の調和的な組み合わせ、というようなことになりはしないか。それは市場と国家が、現実をみながらえんえんと綱引きをするという構図である。

いずれにせよひとつのオールマイティが支配する世界は地獄であるというのが最近の2世紀における人類の経験である。そういう意味で複数の力がせめぎあう構図をつくる。市場と国家(行政?)などというのもそうかもしれない。

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