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2011.11.08

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金曜日。

某市にて某会議であった。あまり詳細を書くことは差し障りがある。大学は、グローバル化、学生のレベル変化、教員の勤労意識の変化などで、経営側もまた疲れている。往路でランチ、復路で夕食という、健康に良くない一日であった。

土曜日。

8:30の便で移動。ひたすら睡眠を補う。

午前中は、ギャラリー間で震災関連の展覧会を見た。被災前の街をホワイト・ボリュームで復元した模型が並べられていた。被災地を思う、というその指向性をそのまま模型にしたような展覧会であった。

お昼は、ミッドタウン裏のインド料理屋でランチをいただいた。辛さ5段階で4を選択したが、辛かった。はやめに入ったので最初は客といえばぼくひとりであったが、出るときは5人になっていた。ランチは裏通りに限る。

午後は某学会の全体シンポジウム。公/私という二元論の、普遍性と個別性、現代的意義、今後の展望などを論じたものであった。ハーバーマス『公共性の構造転換』と網野善彦『無縁・公界・楽』などがいまだに支配的な理論的骨格をなしているとということが軽い驚きでもあったが、古代、近代、日本、中国、イスラムではもちろん公/私概念はまったく違うが、どう違うかが明快に説明されていた。

夜は森美術館でメタボリズム展。若い見学者を中心に多くの人びとが熱心にみていて、興行的には大成功であった。この建築理論は、今風のことばでいえば、アルゴリズムの提案である。有機体というアルゴリズムは基本的には19世紀のものである。構造とは生物学における動物身体の構造という概念に由来している。成長という発想も、1910年代には都市計画の領域では登場している。ひとつひとつの発想はそれぞれ少し以前にその源泉があるようだ。建築は機械であるという発想も、ル・コルビュジエを経由して、すくなくとも19世紀にまで遡及できる。では1960年代のメタボリズムのどこが新しかったか。おそらく建築をメタフォリカルな次元で説明しようということが、日本においてもなされた、ということがひとつあるであろう。

コンビニ+ビジネスホテルの組み合わせは秀逸なる貧者の合理性そのものであり、自宅から目的地ギャラリーまでほとんど車窓の外を眺めないトリップにはふさわしい施設なのだと感心しながら、すぐに安眠する。

日曜日。

某学会の研究発表を拝聴する。リテラシーの権化のような学会であったので、アーカイブ探求の深さには毎度感嘆するのであるが、住宅、都市といったフィジカルな対象に関するものになると、さすがに建築畑とは完全に同じものを共有しているわけでもなさそうである。

帰りの便。キオスクで文庫本4冊を購入。現代兵器、生活設計ノウハウ、健康指南、日本史秘話などについてページをぱらぱらめくる。自分をわざと俗物におとしめるという自虐的な読書である。

月曜日。

お昼はパスタランチをいただきながら、同僚たちに学会とメタボリスムの話をする。メタボリズムの発想では、基本的に私人はカプセル空間に収容される。それらカプセルと都市との関連づけかたはまさに有機体論的にされているが、この理論枠組みはそれほど緻密とは思えない。丹下健三は個人空間/社会空間というような階層化を考えていたし、CIAM的な、ということは19世紀西洋市民社会的な広場理念をもっていた。だから理念レベルでは、ハーバーマスが『公共性』で理想化した古代ギリシアの公共空間を意識して再現しようとしたのが丹下であった。もちろんニーチェに詳しく、しかも自分を天才(=超人?)にたとえる丹下が、19世紀的市民社会をどれほど理想化していたかは疑わしい。しかもこの思想はチームXによってすぐ否定されるし、現代都市のダイナミズムは、社会を無数の個に解体し、膨大な粒子群が全体としては流体のようにさまざまな磁場や電場に引き寄せられて流動する。これを方向付けるのがメタボリズムであった。

そういう都市ビジョンに対する再度の批判が、こんどは1970年代のコミュニティ指向、定住指向からなされた。確かにかみ合った批判であった。しかしたとえば公/私が単純な二元論ではなく、さまざまなバリエーションが可能な多様な二項図式であったとしたら、メタボリズムをさらに加速させた結果考えられる悪社会としては、古代律令制的社会、などといったものが考えられるかもしれない。古代ローマ帝国は、帝政時代になっても、すくなくとも一種の擬制として共和制的・共同体的政治プロセスをのこしていた。おなじ推論をすれば、日本的な「公」は古代律令制にあるということなので、メタボリストたちという一種の代理王たちによる未来像の原形は、むしろそんなところに帰着する可能性がないわけではない。

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