« International Conference on Green Urbanism 2011 | トップページ | 寺松康裕さんの講演会 »

2011.10.25

南明日香『荷風と明治の都市景観』

・・・を送っていただきました。ありがとうございます。

永井荷風は1903年~1907年にアメリカはワシントンDCとニューヨークなどに滞在し、フランスには1907年から1908年までいてリヨンとパリをみたそうである。この書では、当時のアメリカやフランスの諸都市、そして東京の都市的状況や同時代プロジェクトを丹念に掘り起こし、荷風が目撃し批評したものを再現し、荷風とともに1世紀前の近代都市を目撃しようとしている。

著者の南さんは景観緑三法にしばしば言及しているように、景観問題に関心があり、その興味から荷風の著作を一種の景観描写として景観論としてよみとこうとしているのである。

ぼくなりに思い出してみると、100年前はいい時代であった。アメリカは空前の経済成長をとげつつあり、博覧会を開催し、シティビューティフル運動を展開していた。フランスは、オスマンのパリ改造もすでに過去となり、動乱の時期をすぎ、爛熟の時期をむかえた。1902年の法改正で、街路に面した建物は路上への張出しがゆるされたり、ファサードコンペが開催されたりした。美しい都市景観への意識はたかまっていた。日本でも、市区改正事業がなされていて、西洋化と近代化がなされていた。

荷風は日本人として、作家として、20世紀初頭の近代都市の変革を目撃し、意図してそれを文章として記録した。

荷風はどんな視点から、近代都市を観察していたのか。ワシントンDCの議事堂、丸の内のオフィス、帝国劇場などだったらしいから、ようするに最新プロジェクトを追っかけてもいた。もちろん江戸的な景観や、スラムにも関心があった。しかし「一国首都として」というように、彼はストレートにモダンであり、単純な欧化主義ではないにしても、日本の西洋風建築にはいたって不満なように、もっとオーソドックスなモダンを望んだようだ。

でも荷風は、自分が目撃した都市には、もっと別の読みとりかたがあることには気がつかなかったようだし、激動の20世紀初頭にあって10年後20年後には自分が目撃した都市がまったくあたらしフェーズに突入したことにも、注意を払っていないようにおもえる。

たとえばワシントンDCの中枢部分の新古典主義化は、一国の首都というより、あらたに形成されつつあったスーパーパワー・アメリカの帝国的中心であった。1920年代の狂乱の時代には、アメリカはまったく別の都市像を提供する。ヨーロッパの都市のなかで近代建築運動が始まるのは1910年代であるし、第一次世界大戦と世界恐慌はまったくヨーロッパ都市を変えてしまう。

荷風がもし違う時期に西洋の都市を見ていたら、どう記述したのであろうか。興味はつきない。

|

« International Conference on Green Urbanism 2011 | トップページ | 寺松康裕さんの講演会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/42677290

この記事へのトラックバック一覧です: 南明日香『荷風と明治の都市景観』:

« International Conference on Green Urbanism 2011 | トップページ | 寺松康裕さんの講演会 »