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2011.09.03

開沼博『「フクシマ」論』

評判の本なので読んでみたが、たいへん新鮮であった。

国策としての原子力発電という一般的ではあるがやや粗雑な視点ではなく、国/県/ムラ(原子力ムラ)という三層構造で、社会学の視点から、いかに原発が日本で展開したかを語っている。国レベルでは、中曽根康弘と正力松太郎というリーダー、地方レベルでは県が、ムラレベルでは貧しい農村であったムラがいかに原発を欲望していったかの空間的関係が明快である。そして石炭時代から、首都圏へのエネルギー供給に生命線を見いだしていった地方やムラにとっては、原発を受け入れるのは、みずから能動的に原発を抱擁しようとするのは、むしろ地政学的必然のようにさえ感じられる。

この書は、現地での調査から、1世紀以上におよぶ日本の近代化プロセスへと視線が自由に伸縮していて、近代化とはなんであったか、という問いをあらためて問いかける。ただ読者としては、その問いかけはずっと自問自答しつつなかなか結論の出ない、そういう問いかけである。

建築畑の人間として読むと、原発でうるおっている町などにならぶ外部労働者たちのための安宿や、原発にあてこんだ商業施設や、DASH村という原発の近隣にあるメディアパーク的牧歌的村もどきなど、じつは建築的にしっかり分析すべきもののはずであった。たとえば企業城下町の研究も少なくないし、すでに国土は表象化しているという指摘もさんざんなされてきた。

ただ建築畑でそうしたことをテーマとする研究がきわめて少なかったのは、たんに知らなかったというのではなく、知っていたけれど意識になんらかの抑制がはたらいたから、というべきではないか。それは著者が「切り離し」という事態なのであろう。

建築学会の大会で、若い研究者が、東京における発電・送電事業の歴史をきわめて真摯に分析して発表していたことを思い出した。研究発表そのものはアーカイブからいえる実証的なことに限られるので、彼の問題意識の射程まではわからなかったが。

ただエネルギーを指標とする近代建築の問い直しはありえると思う。たとえば近代住宅、いわゆる最小限住宅といった課題のなかで、上下水はもちろん、電気・ガスといったエネルギーの供給は、おおげさでもなんでもなく、近代住宅をして近代住宅たらしめるものであったはずだ。建築的研究としては、工法や間取りにどうしても関心がむくので、どうもこのエネルギーといった視点は二義的なものか、せいぜい建築設備の課題といったものにされがちであった。しかしエネルギーの供給者からすれば、住宅とはエネルギー供給の端末であって、テレビの時代には住宅は情報供給の端末なのであって・・・・といったことなのである。それは近代を構築していった人びとにとっては、しっかり前景化されていたはずであった。しかし、たとえばこのぼく、今PCを起動させワープロ入力をすることで電力を消費している、そのぼくにとっては玄海原発は知ってはいても、イメージ的になまなましさに欠けてしまう。つまりそこに極端な抽象化作用がはたらいており、電力の消費者はなにか本質的なシステムから切り離され疎外されているのである。そして近代住宅の住人たちが、なにかから本質的に切り離されているとしたら、(大地からといったこれまでの平板な批評ではなく)それはいったいなにであろうか?

そこから近代建築の特質というものも見えてくるのかもしれない。この書の問いかけを受け止めなければ、近代建築というものも了解できないであろう。ただちに答えることは難しいにしても、ぼくは真摯に考えてみたい。

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