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2011年9月の4件の記事

2011.09.28

業者さんと

勤務先には休暇届けをだして、四国某市にやってきた。

いちおう私用であるが、業者と打合せのためであり、仕事のようなものである。

しかし打合せ以外はとくに仕事はない。だから勤務先の書類をかいたり、翻訳の推敲をしたりする。

お昼は讃岐うどん。ここは香川県ではないが、食文化はうどん文化圏である。本場にはおよばないが、まあまあ。村上春樹が讃岐うどんツアーについて書いていたのを思い出した。

いちおう休暇だから堂々と、ジョギングする。某作家をまねて、お城、市、親水空間、某高校校舎などをみる。津波避難建物に指定されていた。某河川の川原に看板を発見する。「貸ボートはまだ」。そうかもうシーズンオフか。そうではない、オーナーが浜田さんなのである。

ジョギングで市内を一巡すると、空き地、駐車場だらけである。もとの繁華街がそうである。ひとびとは気持ちがやさしく、ゆったりした時間のなかで生きている。しかし経済の動向はとても残酷にここにもあらわれている。

ジョギングがおわると温泉。ここは格安ビジネスホテルなのだが、温泉つきである。

夜、打合せ。生きるってたいへんですねえ、としみじみ話す。たいへんですねえ。

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2011.09.24

奈良建築見学ツアー

学生を引率して古寺巡礼をした。ほぼ20年ぶりなので、ぼくが学生をつれていったというより、学生たちがぼくをつれていったようなものである。

社寺の写真のとりかた。外観は真正面から正対して。日本建築は、軒下を露出オーバーぎみに。などなどブランクをものともせず語る。

しかし虚心坦懐にはもうみられないのも事実で、法隆寺ではフェノロサのヘレニズム論、伊東忠太の法隆寺建築論、再建非再建論争、発掘調査、年輪年代測定法など、しだいに迂回して見るようになる。東大寺南大門では、太田博太郎の重源創造性論、伊藤ていじの『重源』、磯崎新の大仏様=大革命建築論など、海外にも情報発信されている建築論的視点からの歴史解釈などを語ってみる。一般的に、歴史を語ることは、歴史学の出自を語ることと切り離せない。だから歴史はつねに二重の語りになってしまう。日本ではそこに日本/西洋という二重構造がオーバーラップされる。学部学生にはすこし迂回しすぎる説明のしかたである。でもいまのうちにすり込んでおけば10年後20年後にいきてくると思う。

建築史学と現代建築が並走しつつたがいに刺激しあったよき時代であった。

実物をみることのメリット・デメリットとしては、脱線的思考におちいってしまうことである。法隆寺金堂はアルカイック的である。唐招提寺金堂はクラシック的である。12世紀末に完成された大仏様は、ゴシックの完成とほぼ同時期であり、構造美という点でも、中世の代表的洋式という点でも共通している。しかしそのころ東西の建築的交流があったわけではなく、共通性を支える基盤はまったくない。などととりとめもなく脱線してゆく。

またまた太田博太郎にもどると、平等院鳳凰堂はデカダンスで、東大寺南大門は創造性あふれる再構築という歴史観そのものはどうも納得できない。きみたちの目にはどううつるのか、と学生にきいてみる。

ミュージアム。法隆寺に新築されていた博物館は、飛鳥様式のRC建築であって、想像したとおり竹中工務店が建設したものであった。平等院のそれは、当世風の透明建築であった。どっちがいいと思う、とこれも学生にきいてみた。

春日大社あたりから、とくに若宮あたりを登っているあたりから、頭のなかを富田勲の新日本紀行が響き始めた。宇治、京都の東寺にいくにおよんでは、大音響でろうろうと響いていた。

なので自宅にもどってyoutubeで聞いて、やっと鎮めたのであった。

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2011.09.17

内田繁『戦後日本デザイン史』

新刊書コーナーにあったので読んでみた。

よく整理整頓されていて、戦後から00年代まで10年ごとがタテ軸、インテリア、モード、グラフィック、プロダクトなどの分野ごとがヨコ軸というマトリクスのなかで、代表的な作家、思想、背景がてぎわよく説明されている。

ぼく的には70年代の西武、パルコ、無印良品、おいしい生活、ふしぎ大好きあたりがべったりした日常であったので、その前後とからめてフラットに相対化されているのは読みやすかった。

いわゆる「デザイン」は専門外なので批評をする立場ではないのだが、占領軍、高度経済成長、消費社会、ポストモダン、グローバル化といった社会や経済の背景はよく説明されている。だからものすごくわかりやすい。

ではデザイナー固有の考え方や、思考のクセや、業界内文化のようなものがあって、これまで素人にはわかりにくかったが、ここではわかりやすく説明されている、というような印象ではなかった。また哲学や現代思想などとからませて説明するという(よくある?)語り口でもないのが、むしろ新鮮であった。むしろあえてそのままの語りをする、というスタンスである。

著者は、学者的なデザイン専門家ではなく、高名なデザイナーでもあるから、最後にはグローバル経済の破綻や地球環境の問題から生活そのものひいてはデザインの根本理念を変更しなければならないという、実践的で切羽詰まった思想をも表明している。それはほとんどの人間が共有できるものではあるのだけれど。この点でも、虚飾を排したような語りにみえる。

さらにいうと勝見勝はしばしば引用されているが、柏木博はきっぱり避けているのが印象的であった。

内田は戦後のデザイン史をデザイナーとして実践的に生きてきて、その激動の半世紀をふりかえり、歴史的のみならず倫理的に問い直しているのであって、社会や生活にたいして責任を負うのがデザイナーであるというスタンスである。その立場から生活への帰還をうったえている。だから本書は全体として、デザインのデザイン性というよりも、デザインの歴史というよりも、むしろ「デザインと歴史とのぬきさしならない関係」とでもいったことを訴えようとしている。そういうひとりのデザイナーの懐古的・倫理的マニフェストとして真摯に読むべきであろう。

八束はじめもそうなのであるが、歴史的叙述ではあるものの、自己の体験の範囲内であり、第三者ではなく当事者として内部からデザインを語るのであって、それは本質的に語り部的な語りなのである。だから読者としてはそうした誠実な語りを、とりあえずはやはり誠実に受け止めるべきなのであろう。

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2011.09.03

開沼博『「フクシマ」論』

評判の本なので読んでみたが、たいへん新鮮であった。

国策としての原子力発電という一般的ではあるがやや粗雑な視点ではなく、国/県/ムラ(原子力ムラ)という三層構造で、社会学の視点から、いかに原発が日本で展開したかを語っている。国レベルでは、中曽根康弘と正力松太郎というリーダー、地方レベルでは県が、ムラレベルでは貧しい農村であったムラがいかに原発を欲望していったかの空間的関係が明快である。そして石炭時代から、首都圏へのエネルギー供給に生命線を見いだしていった地方やムラにとっては、原発を受け入れるのは、みずから能動的に原発を抱擁しようとするのは、むしろ地政学的必然のようにさえ感じられる。

この書は、現地での調査から、1世紀以上におよぶ日本の近代化プロセスへと視線が自由に伸縮していて、近代化とはなんであったか、という問いをあらためて問いかける。ただ読者としては、その問いかけはずっと自問自答しつつなかなか結論の出ない、そういう問いかけである。

建築畑の人間として読むと、原発でうるおっている町などにならぶ外部労働者たちのための安宿や、原発にあてこんだ商業施設や、DASH村という原発の近隣にあるメディアパーク的牧歌的村もどきなど、じつは建築的にしっかり分析すべきもののはずであった。たとえば企業城下町の研究も少なくないし、すでに国土は表象化しているという指摘もさんざんなされてきた。

ただ建築畑でそうしたことをテーマとする研究がきわめて少なかったのは、たんに知らなかったというのではなく、知っていたけれど意識になんらかの抑制がはたらいたから、というべきではないか。それは著者が「切り離し」という事態なのであろう。

建築学会の大会で、若い研究者が、東京における発電・送電事業の歴史をきわめて真摯に分析して発表していたことを思い出した。研究発表そのものはアーカイブからいえる実証的なことに限られるので、彼の問題意識の射程まではわからなかったが。

ただエネルギーを指標とする近代建築の問い直しはありえると思う。たとえば近代住宅、いわゆる最小限住宅といった課題のなかで、上下水はもちろん、電気・ガスといったエネルギーの供給は、おおげさでもなんでもなく、近代住宅をして近代住宅たらしめるものであったはずだ。建築的研究としては、工法や間取りにどうしても関心がむくので、どうもこのエネルギーといった視点は二義的なものか、せいぜい建築設備の課題といったものにされがちであった。しかしエネルギーの供給者からすれば、住宅とはエネルギー供給の端末であって、テレビの時代には住宅は情報供給の端末なのであって・・・・といったことなのである。それは近代を構築していった人びとにとっては、しっかり前景化されていたはずであった。しかし、たとえばこのぼく、今PCを起動させワープロ入力をすることで電力を消費している、そのぼくにとっては玄海原発は知ってはいても、イメージ的になまなましさに欠けてしまう。つまりそこに極端な抽象化作用がはたらいており、電力の消費者はなにか本質的なシステムから切り離され疎外されているのである。そして近代住宅の住人たちが、なにかから本質的に切り離されているとしたら、(大地からといったこれまでの平板な批評ではなく)それはいったいなにであろうか?

そこから近代建築の特質というものも見えてくるのかもしれない。この書の問いかけを受け止めなければ、近代建築というものも了解できないであろう。ただちに答えることは難しいにしても、ぼくは真摯に考えてみたい。

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