« 布野修司『建築少年たちの夢』 | トップページ | 原聖『<民族起源>の精神史』と中本真生子『アルザスと国民国家』 »

2011.07.31

馬場正尊『都市をリノベーション』2011などいろいろ

ぼくは公立の図書館がとてもすきである。大学の図書館だとやはり立場で使わざるをえないが、公立のものだと、ふらりと、ひとりの市民として、とてもカジュアルな身なりでつかうことができる。図書館が受験生と退職したおやじたちで占拠されているのを嘆くひともいるが、使われているのだからよしとせねば。

馬場正尊『都市をリノベーション』2011が新刊書コーナーにあったのでひととおり目をとおした。アメリカでの現地サーベイ、東京R不動産、なまざまな事例、法規・行政などの問題点など、観察も提案もあって、包括的でありながら読みやすく書かれている。ただややもすると作家的なのであるが、これはコンバージョンを魅力的なものとするための必要な演出なのであろう。ただ理論的にはH・ルフェーブルやメタボリスムが基盤にあるようで、すこし古くさい。むしろストレートに不動産屋としての哲学を構築などしてみれば、読者としては楽しめる。メディアとしての不動産。ぼくなども生活者としてよくマンション探し+お家拝見をするのであるが。結局のところ、ぼくたちはどんなところに住むのであろうか?という切実な問題は、ほんとうはもっと書いてもらいたいところである。文献としてはもっとカラー写真を多くしてグラフィックにしたほうがよいのじゃないか、などなど余計な感想をもった。でもほどよく肩の力がぬけた好著である。どのページにも内容がある。

隠岐さやか『科学アカデミーと「有用な科学」』名古屋大出版会2011も新刊コーナーにあったので、ひろい読みしてみた。これはフランス18世紀の王立科学アカデミーにかんする、アーカイブをたんねんに調べ上げた、学術的価値の高い力作である。とくにアカデミー構成員の社会的立場の分析はなるほどであって、ようするに「有用」も「科学」も新興ブルジョワ的な価値観なのであって、アカデミーの会員も貴族よりもブルジョワがおおく、アカデミーは彼らの社会的上昇の道であった、というような指摘は面白かった。一方で、教育史などの分野では18世紀は実利指向の教育が重要視されたというのは通説であるし、学問全体が思弁的なものから実際的なものにかわってゆくというのもそうである。そうした通説とおおきくどこがちがうか?ぼくが読み飛ばした箇所に書かれているのかなあ。またパリの中央病院再建プロジェクトの紹介も、建築畑の人間としては、おおいに賞賛したいものであった。しかし中世の密集型→放射状プラン→分棟型、という変化は、病院建築史やビルディングタイプ史のなかですでに語られたものとどうちがうか、それと有用な科学という視点はどうからむのか、あまりよく読み込めなかった。さらにいえば建築はウィトルウィウスの用強美いらい、「用」は必須アイテムであったはずなのだが、なるほど15世紀から18世紀にかけて用を重要視したともおもえない。18世紀はまだロージエ『建築試論』などという思弁的アプローチが主流で、19世紀初頭になってやっとデュランが建築の目的充足性や経済性がたいせつだなんて主張がやっとなされる。だから中央病院再建プロジェクトも建築アカデミーではなく科学アカデミーでなされるのであるが、そのこと自体がおおきな意味をもっていそうだ。・・・などと批判がましいことを書きましたが、好著にして力作です。

そのほか書架を巡りつつ、ひろい読みしてみた。

守山記生『北フランス・ベルギー中世都市研究』近代文藝社1995、は中世のコミューンがどう成立したかを資料にもとづいて分析している。国王と都市の市民の相互補完関係において成立したのであったが、国王は、一時期都市市民の自衛的軍事力をあてにしていたが、やがて経済的貢献をあてにするようになった、というようなことがおもしろかった。研究史にも触れられていたがピレンヌはまだ、批判的にせよ、ジャンピングボードなのであった。

喜安朗『夢と反乱のフォブール』1994は、都市のソシアビリテについて多くの論考をのこした、そのうちの一冊である。この著でおもしろかったのは、民衆蜂起というのが著者の世代的オブセッションらしいことがすけてみえることと、地区ごとの自衛的市民軍の結成が、なにか中世コミューン時代の市民軍そのそれと、ダブってみえることだ。西洋史の専門家はそんなことは考えないようですが。

フランク『修道院の歴史』教文館2002。よくできた教科書的な文献だが、古代における誕生から20世紀までがいきいきとして描かれている。

竹中幸史『フランス革命と結社』昭和堂2005。フランス革命時に地方都市ルーアンにおいて、政治結社、政治クラブ、各種革命祭がどのように運営・開催されたかを資料にもとづいて詳しく再現し、やはり当時のソシアビリテについて分析している。革命際については20年もまえにモナ・オズーフや立川孝一の文献をおもしろく読んだことがある。本書は、おなじ問題意識を、地方都市の側からとらえ直したものである

坂部恵『モデルニテ・バロック』哲学書房2005。ポストモダンという概念の曖昧さを批判している点は共感できる。バロック、とりわけベンヤミンのバロック論をわかりやすく解説しているが、そのなかでなんども説明されている「垂直の時間」という概念はとても重要なものにおもえた。これは講演集なのであるが、視野の広さとともになにかすでに達観した意識を感じさせる。

|

« 布野修司『建築少年たちの夢』 | トップページ | 原聖『<民族起源>の精神史』と中本真生子『アルザスと国民国家』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 馬場正尊『都市をリノベーション』2011などいろいろ:

« 布野修司『建築少年たちの夢』 | トップページ | 原聖『<民族起源>の精神史』と中本真生子『アルザスと国民国家』 »