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2011.05.06

高村雅彦『タイの水辺都市』

・・・を送っていただいた。ありがとうございます。

著者らが10数年かけてサーベイしていったものの途中報告のような集大成のようなコンパクトで読みやすい案内である。チャオプラヤ-川流域のいくつかの地域という地理的軸×雨期/乾期という季節軸というマトリクスによって自然条件が整理され、それらに高床/浮家/地床式がどう対応しようとしたがが書かれている。

もっとも住居タイポロジーは日本住宅のような階級・階層性を反映したのではなくて、バンダイ(階段)、チャーン(屋外空間)、ラビアン(庇下)、ホン・ノイ(寝室)やホン・ブラ(仏間)という、室外/室内の段階的移行性のいくつかの段階と、それらの組み合わせとして描かれる。

タイの高床式住居は大人20人ほどで持ち上がるほど軽量で、移築はきわめて容易であるなどといった記載とともに勘案すれば、著者はタイの建築をひとつの「システム」として考えているのであろう。そういえば同じ著者から中国建築の文献を恵贈されたときも、大陸建築はすぐれて「システムの建築」であるという点を強調していたが、人為的空間秩序よりも自然的空間秩序のほうが優位であるタイにおいても、その建築はすぐれてひとつのシステムなのであろう。

このひとつのシステムが、都市/農村、他民族・多宗教国家としてのタイの多様な社会的構成、水路、敷地のありよう、などといった指標を代入してゆくことでさまざまに展開してゆく。

読了直後は、社会的背景、歴史的経緯、列強の介入、コミュニティの形成されかた、などについての記載が少なく、不満であった。しかし先に指摘したように、そんな諸条件を背負いつつ、しつこく生き残るシステムがあって、そういう意味で歴史を超越したひとつのシステムの物語があったら面白いなと思ったし、著者たちももちろんそんなことを考えていたのであろう。

『江戸木挽町の芝居町と東京近代の大根川岸』、『島原 歴史都市の復権』も送っていただきました。かさねてお礼申し上げます。

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