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2011.04.21

堀田典裕『自動車と建築』2011

・・・を贈っていただいた。ありがとうございます。

諸外国の理論や実践にもしっかりめくばせしながら、日本のモータリゼーションを軸にして、建築がどう対応していったかを書いている。高速道路のパーキングエリア、サービスエリアなどの施設、国民宿舎に代表される初期リゾート建築、パーキング、ロードサイドなどについて詳しく諸例を紹介している。そのなかでとくに名神・東明高速のサービスエリアを、大高正人、黒川紀章らが手がけたことが紹介されている。当時の最前線建築家たちにとっての格好のプロジェクトであったわけである。なんでも東京に近づくほど担当建築家は若くなる傾向にあったそうである。

面白かったのは、ここでも岸田日出刀が高速建設の委員会のメンバーとして重要な役割を演じたそうで、各サービスエリアの担当建築家の選定について有力な意見をだしたフィクサーであったのであろう。

それから「東急ターンパイク」という、東急による、渋谷から藤沢までを高速道路で結ぶという計画が1960年前後にあったことである。民営の高速道路のプロジェクトもあったのだ、という点が面白かった。

読了したのちも食事しながらなんとなく考え続けたのだが、過度に思索的にならず、具体例を列挙した好著ではあるが、内容からすると「自動車と建築」というより「道路と建築」なのではないか、という感想をもった。さらにいうと、日本の国土計画・都市計画はまず道路ありきなのだ、とよく指摘される。整理すると、まず「道路」。これができると区画整理がされ敷地ができるから、「建築」がつくれる。さらに道路ができれば「自動車」を大量に生産し、購買してもらう枠組みができる。だから「道路→自動車+建築」というフレームである。

むかし講演会でこんな指摘をきいたことがある。日本は、平安時代の牛車は有名だがじつは都市空間で車を使う伝統はなく、20世紀的なモータリゼーションできわめて乱暴に対応しなければならなかった。西洋では中世から乗り合い馬車や、特権階級の馬車などがあって、近代以前から車交通にみあった都市計画が、部分的にせよ、なされていた・・・

そんなことをだらだら考えた。ぼく自身は10年間だけドライバーであった。地方に赴任するのであわてて免許をとって中古車を買った。地元の人に、車がないと生活できないところと思われたんですね、とやんわりイヤミをいわれた。ビートル→ゴルフとなぜかドイツ車を10年つかって、いまは車なし生活である。これはこれで楽しい。

楽しいといえば、ヨーロッパでの車旅行はそれは楽しかった。しかしアメリカでのドライブはどうも楽しめなかった。道路標識のシステムや、景観、そして人間と大陸との接し方が歴史的・風土的にまったく異質なのであった。

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