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2010.12.10

アルスナル博物館でレアール・プロジェクトの模型を見た

本務で海外出張しているが、ブログに書くことはついでの話題ばかりである。なにしろ本務の内容は、報告書なり研究発表のためにとっておかねばならないので、ここでは内緒である。ブログとはそんなもんだ、なのであるが。もし海外出張する研究者たちがリアルタイムで知見を放出しはじめたら、つまりブログがほんとうにコア的な個人メディアになったら、たいへんなことになるであろう。隠居的生活をはじめれば、そんなことになるであろうが。それにぼくが隠居するまでにブログが世の中にあるかどうかわからないし。

ともあれ、アルスナルとはパリの建築博物館であり、市の都市計画のための広報部局のような位置づけである。レアールの計画とは、パリ中心部の再開発のようなものである。かつてここは「パリの胃袋」と呼ばれていたが、今回はその「新しい心臓(心)」ということになっていた。

ここの歴史を、記憶だけを頼りに再構成してみる。

もともとレアールとは「中央市場」の意味であり、中世初期から市場があった。

フィリップ・オーギュスト王はこのレアールを整備した。

16世紀、フィリベール・ドロルムは、カトリーヌ・ド・メディシスのためにソワソン館を建設して、その付属屋として天文塔(これだけ現存)を造った。なにしろ彼女は、ノストラダムスを登用したくらいで、天文学と占星術にこっていた。

18世紀後半に、そのソワソン邸の敷地に、新古典主義の様式で穀物市場だけが整備された。

1860年代、鉄とガラスの近代的な中央市場に大変身する。計画はなかなかまとまらなかったが、「大きな屋根があればいいのだ」というナポレオン3世の意向を、オスマンがこっそりかつての同級生であった建築家バルタールに伝えて、そのようなものができた。今にして思うと、べつにこっそりしなくてもよかったと思いますが。コンペの要項にそのように書けばよかったと思いますが。

1970年代後半、新規格の高速地下鉄ができ、A線とB線が交差するレアールの地下は公共交通の要所となった。広い中央市場の敷地はいっぺんに再整備されたわけではない。中央市場そのものは郊外のランジスというところに引っ越した。その跡地の西半分は、バルタールの鉄とガラスのパヴィリオンが取り壊されたまま、更地になった。地下街建設のために穴が掘られたが、そのままであった。東半分は、フォルム(フォーラム)・レアールと名付けられ、地下鉄へのアクセスのための縦穴が掘られ、周囲は店舗などが収容された。

たしか1977年だったと思うが、ポンピドゥ・センターが竣工した。だからフォルム・レアール駅は、この20世紀美術館へのアクセス駅でもあった。

1980年代中盤、西半分の地下街が整備され、シネコン、スイミングプール。店舗、メディアセンターなどができた。地上は庭園になった。地下の大通路はヴィオレ=ル=デュク風デザインというふれこみだったが、ぼくはそんなもんですかねえ、と思っていた。地下の騒音を聞いている巨大な頭部と手の彫刻が設置され、当時のシラク市長が除幕式にきていた。留学中であったぼくはたまたまそれを目撃した。

・・・前書きが長くなりすぎたが、これが歴史的都市というものです。で、今回のプロジェクトは、1970年代後半にできた最初のフォルム・レアール駅の改装といったところ(ついでに西半分の庭園も再整備されるが一見したところ力は抜けている)。周知のように、パトリック・ベルジェやフィリップ・マンガンのグループが基本構想であるが、コンセプトは、地下鉄駅へのアクセスの上にガラスの大屋根をかぶせるというもの。ぼくは、ナポレオン3世の「大きな屋根さえあれば」という要望が引き合いにだされるかなと思っていたが、そうでもないらしい。社会党の市長は、帝政時代の国家元首の発言をとりあげたくもないであろう。当初案はフラットなガラス屋根のようなものであったが、今回展覧会で展示されたのは、大屋根は大屋根だが、もっと立体的でモニュメンタルで有機的な形態であった。解説では、とくに植物の形状を模倣したのではなく、環境を考慮した最適解なのだということである。

計画内容としては、地下鉄、地下街へのアクセスはよりスムースになっているし、面積的にはそれほど増加していないので周辺商店街への影響などは慎重に考慮されているようで、基本的には1970年代的な中途半端な造形を、よりハイテク的にして、現代の都市組織にもっとフィットさせるという、洗練を狙ったものと理解できる。それにしてもモニュメンタリティーが否応なく求められているといった印象であった。なにしろまわりがすごい建築ばかりだから。

アルスナルの模型展示は大がかりであった。なにしろホールの床いっぱいにレアール地区の航空写真を貼る。その上に、新しい大屋根と、地下鉄ホームや連絡通路を含む地下街全体を再現しているのである。

姉妹都市東京でも負けじと、丸の内地下街の立体的な模型などつくったらおもしろそう。

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