« リヨンに雪はふる・・・・ | トップページ | すこし暖かくなったかな »

2010.12.03

比較建築史読解004 (4)フランス建築(史)前半

(4)フランス建築(史)

 比較のためにフランス建築史がいかに記述されてきたかを概観してみよう。

 書名としては「フランス建築」の概念は17世紀にはあった。研究者はさらに初期中世まで遡及する。しかしこの概念は、時代によってはっきり異なる。そして「フランス建築」のなかにも、古典主義/ゴシック、伝統/近代といった断絶がある。しかしそれを、より普遍的な枠組みで統合しようという試みが常にあったと思われる。

 古典主義時代の文献としては;

Ducerceau, Les plus excellents Bâtiments de la France, 1576, 1578(デュセルソ『フランスの最も卓越した建物』1576, 1578)
Louis Savot, L’Architecture française des bastiments particuliers, 1624, 1642, 1673, 1685(ルイ・サヴォ『フランス建築』1624 etc)
Jean Marot(1619-1679), L'Architecture françoise, ou Plans... des églises, palais, hôtels et maisons particulières de Paris..., (ジャン・マロ『フランス建築・・・』)
Jacque-François Blondel(1681-1756), Architecture françoise, ou Recueil des plans, ・・・・・, Paris, , 1752-1756(ジャック=フランソワ・ブロンデル『フランス建築・・・』1752-1756)

などがある。

 ヴェルナール・ザンビアンは『シンメトリー・趣味・性格』のなかで、古典主義時代において「フランス建築」は、古代建築、イタリア建築、に対して「フランス的」なのであったと指摘している(Werner Szambien, Symétrie Goût Caractère, Picard, 1986, pp.47-52, 89, 90)。ちょうど日本建築が中国的でないものとして定義されたように。古代建築やイタリアのルネサンス建築は、美しさ、壮麗さで優れているが、フランス建築は室内の間取りの快適さなどで優れている、というような比較的理解が一般的であった。また「フランス建築」は、世俗建築であった。王の宮殿、貴族の城館やオテル建築、ブルジョワの館などの民間建築がそのカテゴリーに入る。いっぽう宗教建築、ゴシック建築は、そうではなかった。

 そうしたことを考えるとシャトーブリアン、ユゴー、アレクサンドル・ルノワールらが中世建築はフランス国民の遺産であると主張したとき、「フランス的なもの」の定義は変更されたように思える。

 さらにヴィオレ=ル=デュクは『中世建築辞典』(1954-68)や『建築講話』(1858-72)(Eugène-Emmanuel Viollet-le-Duc(1814-1879), Dictionnaire raisonné de l’architecture française du XIe au XVIe siècle, 1954-68; Entretiens sur l’architecture, 1858-72)などにおいて、周知のとおり、中世建築を合理主義の立場から再解釈するのだが、それはゴシック建築の普遍化であり、それが建築の普遍的モデルとしてされえたので、近代建築運動にまで影響を与えたのであった。ゴシックの固有性ではなく、あらゆる建築に通用する普遍的原理となりうるものを構築した。彼は「フランス建築」という言葉はあまり使わなかった。しかし彼が確立したのは、合理主義を担うまさに「フランス建築」というカテゴリーではなかったか。

  ヴィオレ=ル=デュクがゴシックの理論的な普遍性を論じたとしたら、オーギュスト・ショワジは『建築史』(Auguste Choisy, L’Histoire de l’architecture, 1899)のなかで、そのグローバルな広がりとネットワークを考察した。マンドゥールによれば(Mandoul, Entre raison et utopie, Mardaga, 2008)、ショワジはエコール・ポロテクニク出身のエンジニアであり、サン=シモン主義、実証主義、生物学、建築プロムナード、など同時代のさまざまな理論を活用し、宗教建築の内部空間に注目し、ベイを空間の単位として、それをアクソノメトリックで下から見上げるという手法で分析した。マンドゥールはとくにネットワークの概念を活用し、地中海世界のなかでいかにロマネスク、ゴシックが伝播したかを図示した。伊東忠太とほとんど同時代であることは興味深いし、さらに建築の地理的広がり、そのネットワークに注目する視点は類似しているといえる。【つづく】

|

« リヨンに雪はふる・・・・ | トップページ | すこし暖かくなったかな »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/37717531

この記事へのトラックバック一覧です: 比較建築史読解004 (4)フランス建築(史)前半:

« リヨンに雪はふる・・・・ | トップページ | すこし暖かくなったかな »