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2010.12.09

ボブールの《DE STIJL1917-1931》展

ポンピドゥ・センターは夜九時までオープンなので、仕事のあとも展覧会がみれて助かる。今年は《デ・スティル1917-1931展》である。

図録の巻頭論文をミゲルが書いてる。まず語彙解説から始めている。De Stijl誌の表紙には赤字でNBとプリントされているが、これはNieuwe Beeldingの略である。つまり新しいBeeldingであるが、Beeldingとは、英語のビルディングでもなく、ドイツ語のBild(像)に近いようで、やはりドイツ語のGestaltungゲシュタルトゥンクと訳しうるのであって、「形態を与えること」なのだそうである。これはドゥースブルグが神智学のSchoenmaekersから借りたのだそうである。したがって普遍的世界の動的で数学的な原理、というような意味だという。

それはともかくミゲルの論文ではDe Stijlが置かれた歴史的・地理的な場をバランス良く詳しく説明している。リーグル、ヴィオレ=ル=デュク、ジンメル、フィードラーらの美学が同時代的に流入していた。当時にメンバーの背骨として、有名な神智学についても、1896年にロージュができ、ルドルフ・シュタイナーも1904年にアムステルダムで講演しているなど、横の関連も説明されている。さらにスピノザ哲学が重要なバックボーンであったこと、など。4次元空間の概念が1914年には紹介されて、その解釈をめぐって分裂が生まれたことも。

個々の項目はすでにそれぞれ紹介されているかもしれないが、それらを整理整頓されたパースペクティヴで説明している。この運動では、線、面、幾何学には超越的な意味がこめられている。それらの根拠になるのが、神智学、哲学、美学などであり、それらを無視して形態的普遍性だけをとりあげて論じることはできない。、

ただとくに興味深いのは《Stijl》=様式、という概念の位置づけである。いわゆる日本固有の「モダニズム建築」観からすると、様式=非モダン、なのであるが、そうなってしまうのは「モダニズム建築」が歴史概念として不適当だからである。様式概念そのものが19世紀の折衷主義の時代に発展し、それが20世紀の建築理論を生む土台となった。ここに「様式」とは、さまざまな芸術のさまざまな現れ、その多様性をつらぬく普遍的原理のことであり、デステイルはそれを目指した。彼らは、建築、絵画、インテリア、都市などがひとつの原理で貫通されると信じたが、そのことが「様式」であり、その解釈はある意味、19世紀的にしてまったく正統的なのである。

すこし脱線すると、エレメンタリズムを要素(構成)主義と訳し、無味乾燥ないわゆる建築=機械論のことと理解するのは短絡にすぎるのではないか。エレメントとは、神智学、神秘学、あるいは哲学においても世界を構成する四元素のことであり、バンハムなどが意図的に説明を省略したとしか思えないのであるが。デステイルとはひとつの世界観なのである。

展示そのものは質量ともに圧倒的であり、よかった。同じカテゴリーのさまざまな作品をみてゆくと、アーティストがなにを探求しているかが自然にわかってくるからである。

モンドリアンについては、具象的な風景画、静物画が、次第に抽象化し、最終的には平面の分割に到着する。移行期の、たとえば木立を描いた、抽象的であるが具象でもある(木の幹や枝がそれとわかる)ものは、むしろシンボリックである。そして彼はそれをインテリアにまで応用する。

模型で面白かったのはとくに原寸大のもの。モドリアンのパリのアトリエ、ドゥースブルグの室内、キースラーの浮遊都市(空中都市)。

これにたいしリートフェルトの住宅、オウトの住宅は、扱いは悪い。そうであろう。実現はされたが、芸術としてはピュアではない。あるいは彼らはアーティストとしてはここでは評価が低いということが伝わってくる。

展示全体は、具象画→象徴的な絵画→抽象画→ボリュームの構成→インテリア→建築→都市(〆が上記の浮遊都市)であり、まことにみごとに組立られていて、キュレーターの構想力を彷彿させる。つまり都市の景観をふくむ風景画が、抽象絵画となり、それが建築をへてふたたび都市にもどる(キースラー《浮遊都市》)という循環である。

デステイルの14年は、運動の14年でもあり、精神の高揚の14年間であった。それ以上続かないのも理解できる。

雑感をすこし。西洋においては、あくまで人間中心主義がコアであり、アブストラクトは周辺的である。抽象は、もともと蛮族的、東方的、なのである。ちなみに図録序文でも、この展覧会がフランスでの最初の本格的な回顧であることが書かれている。だからデステイル的な純粋幾何学が、その深い世界観を薄められつつ世界的に広がってゆくのは、ある意味で当然である。この世界観は、ヨーロッパのコアにより深く進入するというより、辺境を求めて拡散し(ある意味で)普遍化するのである。「モダニズム建築」とはその一片のことであろう。

ただ、ぼく的には精神の高揚としての14年というようなことに注目したいし、意義を感じるのであるが、それが都市にまで応用されると、どうかな、と。あまりぞっとしませんでしたね。都市プロジェクトとしては19世紀のもののほうがよっぽど深みを感じるのではあるが。余計なことかもしれませんが。

いずれにせよ今年度必見の展覧会ではある。

(以上は昨夜書きましたが、昼休みを利用してアップさせていただきます)。

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