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2010.11.18

比較建築史読解001 (1)問題の所在(2)これまでの取り組み

すこしまえ国際シンポジウムにご招待いただいて、未熟な論考を発表させていただきました。それをもとにすこし書き直してどこかに発表させていただきました。それをシリーズもの的に再録します。建築史にご興味のあるかた、ご一読していただくとうれしく思います。

(1)問題の所在

 これまで日本建築は、1977年の《間》展や、1987年の《日本のアヴァンギャルド》展などでフランスに紹介されてきた。前者は、日本の「間」概念においては時間と空間が未分化であることが説明された。後者ではヨーロッパから学習したものとして日本で展開されたアヴァンギャルドの普遍性と特殊性が明らかにされた。いずれも日本と西洋の比較文化論としてきわめて生産的なものであった。

 本稿ではもうひとつの比較文化論を展開したい。つまり日本では建築史がどう叙述されたか。それはフランスにおけるフランス建築史学の発生や展開と、どう違うか、ということである。いいかえると歴史叙述として、日本建築史とフランス建築史はどのように同じでどのように異なっているか、を明らかにすることである。

 このアプローチは日本建築がかかえるある問題を召喚する。すなわち日本の戦後60年間をふくむより普遍的な枠組みの歴史はまだ書かれていない。個別的なテーマについてのモノグラフは多数書かれた。しかしそれらを包括し、さらに戦前や近代以前からの統一的なパースペクティヴのもとに書かれた文献はない。「現在」は、歴史から切り離されたまま、60年続いた。それを「歴史の不在」とよぶこともできよう。

 しかしなぜ歴史が書かれないかを直接問うことはきわめて難しい。性急に結論をもとめてはいけない。歴史が書かれる理由は明白かもしれないが、書かれない理由ははっきりとしない。だからひとつの方法として、歴史観そのものを問うまえに、日本建築の過去と現在を問うまえに、そもそも「日本建築」はどのような概念であったかを問うてもよい。すなわち「日本建築」なる概念は、いつ、なにを触媒として、どのように制作され構築されたか、というようなことを自問してみる。そして参考として「フランス建築」の意味と内容もどのように制作されたかを考察するのである。

 おそらく本稿はある問題に対するひとつの回答ではないであろう。そうではなく問題そのものをよりよく記述すること、よりよい「問いかけ」を設計することであろう。そしてよい問いかけは、よく整理された資料を伴っていなければならない。つまり建築史についての主要な研究、あるいは書かれたいくつかの文献、がどのような空間を構成しているか、その年表、地図、が作成されていなければならない。これは一種の探検となるであろう。初期の探検隊が作成した地図は、すこし不正確であっても有用である。そんな地図を作製できればよいであろう。

 このような意識から、以下では「日本建築」と「フランス建築」の比較文化論を試みてみるのである。

(2)これまでの取り組み

 この問題意識から、筆者はすでにオフィシャルな場で二度の論考を試みた。ひとつは短いエッセイ『20世紀日本建築の通史は書かれなかったという結末について』(「建築雑誌」2000年12月号 p.54 Vol.115 No.1463 (特集:行く世紀、来る世紀 1))(Journal of Architecture and Building Science, dec 2000, vol.115, no.1463, Yoshitake DOI, Du fait que l’histoire de l’architecture japonaise du XXème n’a pas été écrite)。ここでは欧米ではいくつか通史が書かれているが、日本にはそれがないことを指摘した。もうひとつは『特集:通史をどう書くか?』(「建築雑誌」2004年2月号(Vol.119、No.1514))(Journal of Architecture and Building Science, dec 2004, vol.119, no.1514, Numéro spécial; Comment écrire une histoire générale?)であった。ここでは特集の責任者として取り組んだ。結論としては、日本における通史の不可能性ということであった。なぜ建築史は通史として書かれることができないか。仮説はいくつか可能である。日本では「歴史」がまだ文化的な制度として確立されていない。つまりモノグラフを集積して全体を描くということが習慣化していない。建築のなかの党派性が強すぎて、個々の思想や利害をこえた視点が持ちにくい。そして時間を連続するものとしてみなすこそが少ない。日本建築史において、時間は、分断され、切れ切れであり、個々の異なる特性の場所がばらばらであるように、時間も分節化されすぎるのではないか。それが時間と空間が未分化であることの帰結のひとつなのではないか。【つづく】

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