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2010.11.29

トニー・ガルニエ

海外出張でリヨンにきている。本務のかたわら、週末を利用して、多少は市内も郊外も観察する。

トニー・ガルニエが建設した「合衆国街」と名付けられた団地をみにいった。25年ぶりになる。かつては寂しい郊外の団地であった。今も基本的にはそうであるが、トラムで都心と接続され(ガルニエがプロジェクトのなかで予言していたことが最近実現されたのであった)、建築ミュージアムもあり、また窓のない壁面には建物いっぱいの壁画が描かれている。

もちろんこの建築家を知ったのは、ペヴスナーやバンハムの著作をとおしてであった。しかしこの近代建築史観にもとづく解釈は、当然のこと、かなり偏っている。新しいテクノロジーと、近代美術の原理の実現としての解釈である。間違ってはいない。しかしアングロ=サクソン的視点として相対化しなければならない。カタログなどをみると、もっと別な側面もみえてくるのである。

それは都市のイデアといったものである。ガルニエはローマ大賞を獲得してローマに留学したが、そこでは古典建築というよりは、古代都市そのものを研究していたように思える。共和制の社会において、アトリウム式の住居にすみ、芸術作品を自邸のそこかしこに並べる。フィジカルにはそのように想像される。

合衆国街についても、そういう都市のイデアが反映されている。もちろんそれは19世紀のフーリエ主義などが流れているし、社会主義市長エリオの考えもあるであろう。しかしそれらと古代都市のビジョンが融合している。

合衆国街は、リヨンというローマ都市を起源としいまや大リヨンとでも呼ばれうる大都市の、一部となって位置づけられる。ガルニエはリヨンのために、戦没者モニュメント(アクロポリスの上のパルテノン神殿のような)など、いろいろプロジェクトを構成していた。合衆国街の俯瞰パースには、それらがパンテオンラマ的に描かれている。理想都市としての産業都市=合衆国街=リヨン市、である。

リヨン市全体が壁画の町として演出されている。建物の壁面いっぱいにだまし絵的スーパーグラフィックを描くことはとりたてて珍しいことではない。リヨンではそれが都市そのもののウリとして位置づけられている。合衆国街の壁面も同じで、ユネスコの協賛がつき、外国アーティストが構想する理想都市が描かれている。

良き志があり、後世の人間がそれを誇りとし、すくなくともまちおこしの核にすえられることはよいことである。

それにしても寒い。

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