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2010.10.03

WTC10年

ワールドトレードセンターについて1年生のまえでしゃべった。とはいっても数分しか与えられていなかったので、印象批評的なさわりを話したていどだが。

ぼくは2000年夏、アメリカを観光旅行した。LA、ボストン、フォートワース、シカゴ、ピッツバーグなどをまわって最後はNYであった。

WTCはできたときから話題になっていた。日系の建築家であること、世界で最も高かったこと、なによりも貿易センターという機能、NYのスカイラインに与える圧倒的な存在感、などによって。そして1990年代すでにテロ行為の標的になっていた。貿易が地球規模の強者/弱者の構図を再生産しつづけることへの攻撃なのであった。

2000年夏、NYにいたぼくは、おのぼりさんは高いところに登らねばならないという論理をくみたて、まわりはいくなと反対したのだが(危険な場所だという認識はけっこうあったのだ)、そうした問題を抱えている現場をこの目でみたいという、バックパッカー世代の現場主義というか、建築見学愛好家の性なのであるが、ともかくも登ったのであった。もちろん事件ののち、軽薄な動機について心のなかで懺悔を繰り返したのであったが。

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ファサードの一部と、遠景の都市景観をサイドバイサイドに撮影した。

眺めはともかくよい。エンパイアステートビルもみえる。足下のワールドファイナンシャルビルも見える。シーザ・ペリのアトリウムも。彼はのちに福岡に同様なアトリウムをつくる。シーホークリゾートである。

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もちろん今回発見したことではないのだが、NYはグリッドプランである。同じスケールのブロックが整然とならんでいる。とてもデジタルである。0/1である。均質である。しかしコールハースにいわれるまでもなく、そこに資本が不均質に投入される。投資効果があるエリア、そうでないエリアといた、密度の差が、濃淡ができてくる。資本は流動し、効果的な場所にマッシブに投下される。それが超高層地帯、中層地帯などとなってあらわれる。

WTCそのものは、その合理性と表裏一体の無個性、圧倒的な高さとは矛盾する非モニュメンタリティ、ある種の空疎さ、というものをぼくに印象づけた。政治的文脈はよくわからないので、建築論的にのみ語ると、それは巨大な空疎なのであった。しかし空疎そのものを表象するモニュメントであった。それがテロの標的となったひとつの要因かもしれない。もしテロというものに美学的な動機が介在すしうるとすれば、である。

一年後。2001年9月11日。祝日であった。テレビでその光景をずっとみていた。午後、用事があったので外出した。公共機関では国旗を掲揚していた。外国の事件ではあるが、日本人も多かったし、地元銀行の行員も犠牲者(その時点では行方不明者)であった。それでも旗を降ろさないこの社会の鈍感さに、すこし腹がたったものであった。

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