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2010.10.26

ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』

学生がやってきて、最近のヨーロッパにおける都市再生事業の本を読んだが、なにか大切なことが書かれているらしいけれど、どう取り組んでいいかよくわからない、という。そこでいろいろ説明する。

・・・こういう専門書は大学の偉い先生が書いているから難しいのだよ。しかもいわゆる制度論的に書いてる。実際はとてもシンプルなものをわざわざ抽象概念で表現して、難しくしているのだよ。たとえばね。古い高密な街区がある。通りも狭く、車もろくに通れない。日照、通風もよくない。貧しい人びとが住んでいる。犯罪者、病人も多い。だから市はどうしたかというと、街の古い建物群の一部分だけを撤去して、広場をつくった。それに面して美術館をつくった。すると美術館にくるために、街路をとおる人が増えるよね。そのうちの一部の人でも、街路にある店でなにか買うよね。ドリンクとか、ボールペンとか、夏ならアイスとか。すると収入が増える。犯罪者、夜逃げに転落する寸前のひとが、ちゃんと暮らせるようになるかもしれない。でもね。環境がよくなる。芸術家たちが移り住み始める。地価があがるよね。するともといた貧しい人びとは、もっと貧しい街に移り住まなければならなくなる。だからこの点だけは、問題の解決ではない。問題が移動するだけ。だから市はね、低家賃住宅なんかをきちんと提供したりするんだ。住人を追い出さないようにする。コミュニティを崩壊させないということ。

これで学生の疑問はかなり解消した。学生が行き詰まっていたのは「ジェントリフィケーション」という言葉だったのだ。

もちろん専門用語がないと学問が成り立たないので必要だ。またこの世界ではさまざまな現象が無限に発生してゆくので、共通なものを一括して名付けられるようにしないと大変である。しかし問題は、この専門用語の使い方である。都市の現象は、とても錯綜しているとはいえ、ひとつひとつは、商品を買うというのが商品と貨幣の交換であるように、基本的にはすべて理路整然と、当たり前に、ふつうに、なされる。だから具体的レベルに落とせば、だれでも理解できる(はずである)。だから「ジェントリフィケーション」を理解するかどうかは、学問コミュニティにはいるかどうかであって、都市を理解することそのものではない。それなしにも都市は理解できる。

というのがジェイコブスの新訳というか完全訳がでたので読んでみたときの感想と、かなりぴったり重なった。

『アメリカ大都市の死と生』はたいへん有名な文献なので、いまさら素人のぼくが説明するまでもない。行政でも学者でもない、市民目線、というだけで評価されているのではない。いわば平凡な個別の事象から述べはじめ、それが都市全体の問題として説明される、その筆法がすぐれている。いわば「微分」をしっかりして、微小部分の集合としての積分としての都市のあり方を描く、そこがすぐれている。その書き方は、まるで小説のようにも思える。エッセイでも旅行記でも批評でもなく、ぼくは小説として読むと面白いと思う。誰だったか忘れたが、ある文芸評論家が、三島由紀夫はたとえばある有名でもない絵画を上手に説明し、見ていない読者にも見ているがごとくにさせる、と評していた。細部の描写をとおして、ある光景、ある世界(みたまま+その背景)、を描く。そんな感じである。

それから田園都市批判。ハワードが大ロンドンを嫌ったように、近代都市計画は当時の都市を理性的に批判することからはじまった。アメリカの郊外化もその延長である。ヨーロッパとちがって、新大陸における実験であったアメリカの大都市はひょっとしたら成熟を待たずに、郊外へと解体していたのであろう。ハワードが忌み嫌った大都市を、ジェイコブズはその可能性において愛そうとした。初めて読む人にはそのように位置づけて読むとたいへんわかりやすい。

唯一のキーワードは「多様性」。というか本書全体が「多様性思想」なのではないか。しかも都市の多様性というものの現れを、具体的に、まさに多様に描き、そこからできるだけ一般化しようとする。だから都市計画学の本でもない。

だからジェイコブズのこの文献は、その現状批判のなかから可能性としての都市を希求した、一種の思想書である。ある思想を、きちんと構築された理論としてではなく、ひとつの視点からのさまざまな観察と省察として書いたのであろう。ぼくはとりわけこういう書き方に惹かれる。

ル・コルビュジエの『建築をめざして』や前述のハワード『明日の田園都市』はマニフェスト仕立てである。理路整然としている。だから都市計画学と相性がいい。しかし箇条書きにした処方箋のような書き方はいかにも20世紀的である。ジェイコブズの書き方は、ある意味で19世紀的な物語風書き方だし、その点では、こっちは偽悪的ではあるが『デリリアス・ニューヨーク』なんかに近い。そういう「書き方」のレッスンとしても読める。

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