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2010.09.21

残暑だから『序説』だのヴェネツィアだの・・・

いまごろだが、残暑お見舞い申し上げます。

ぼくもいちおう夏バテしていた。猛暑や熱帯夜というより、コーヒー飲みすぎが原因であった。前科は多いが懲りない。でも一日に十数杯も飲んではいけないなあ。寝れないし、疲れもとれない。

土・日・月は3連休であったので、家にこもって執筆に集中するつもりであった。PCのヴィデオボードが突然壊れて、ディスプレイが真っ黒になった。予備のPCをつかい、アマゾンで新しいVBを購入した。翌日着いたので、組み立てると、無事PCは稼働した。時間は損したがもとに戻った。なのでぼくのスクリーンセーバでは「windows7」ではなく「禁コーヒー」の文字がくるくる回りつづけている。

暑いので、とりとめもないことを思い出す。とぼとぼと道をあるいていると、またまた太田博太郎先生の『日本建築史序説』を思い出す。なんどか意見を述べる機会はあったのだが。ようするにこの文献では「美学」と「実証」が分離している。これは意図して分断したのだ。太田先生はこれら両者を架橋することなど徒労であるとおもっていたのだ。

なぜ架橋するのは徒労なのであろうか?

それは『序説』の「美学」的部分は、ようするに西洋的な美学なのであり、まったくの観念論であり、そうした論が日本人によって構築されたとしても、基本的にそれは西洋人の目からみたものである。

『序説』の「実証」的部分は、もちろん日本人的な観察なのであり、事実主義にすぎないという批判があるとはいえ、これなくして日本建築史は成立しない。

そして美学/実証という切断は、戦前の堀口捨己などにおいては克服されたかのごとくであった。でもそれは彼が茶室研究者にして建築家でもあったことによる。戦後、建築史家はよりプロパーな研究者となると、おおむね実証のほうにいってしまう。

ただ、おそらく、日本建築と呼ばれているものもじつは多様なのであろうし、多様で分散しかねないものにある種の枠組みをあたえるという役割を美学ははたしていた。これからはどうなるのであろう。美学に頓着しないで研究は進む。ある日気がつくと、美学と思えたものはじつはたんなる歴史的与件となっていた。そして今有効な美学は不在であることに気がつく・・・。

1937年のパリ万国博では坂倉順三の日本館がグランプリを受賞した。これは日本的美学の勝利であった。ただ美学の勝利はながくは続かないようでもある。

ヴェネツィア・ビエンナーレでもヴェルサイユでも日本勢が活躍していてたいへん結構なことである。ただ日本的スノビズム、社会性の不在といった批判もあるようではある。これもまた73年ぶりの、日本的美学の勝利なのであろう。

しかし上記の日本的理由から、美学における突出は、実証が置き去りにされることを意味している。ただまあ、もういちど融合しましょうとか、両立とか、矛盾の統一などといったことは、もちろん昨今の現状においてはすこしむなしいマッチョイズムなのではある。

イギリスの建築サイトでは、people meet in architectureというコンセプトはチームXを回想させる、といった批評が書かれていた。むこうはむこうで違う引き出しがあるようである。

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