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2010.09.14

安藤忠雄先生特別講義in大橋キャンパス

鵜飼先生プロデュースであった。学生を中心に300人はきていたように思う。

事前に挨拶をした。「最近書いてませんね」「はい、これからがんばります」と檄をもらう。

挨拶・紹介をまかされたぼくは「建築の力」について小話をした。

ついでに1970年代を思い出してみると、「住吉の長屋」がなぜ当時の人びとに、ついでにいえば大学3年生であったぼくに衝撃的であったかということ。部屋から部屋にゆくのにいちど傘をさすという挑発的プランニングとか、ミニマリズム的造形であるとかというだけではない。住宅をとおして都市に介入するときのある種の決意のかたさのようなもの、が衝撃的であった。安藤さん自身は当時それを「都市ゲリラ」というようないいかたをしていた。生身のひとりの人間がひとつの建物つくることで、それをとおして都市に介入しているのだ、ということの意味の大きさである。自分は公務員かな企業人かなと漠然とかんがえていた学生にとって、それはとても新鮮なことであった。

講演のそものは、人生とキャリアの紹介、世相や日本のこれから、作品解説の三位一体。インド洋上の甲板上の光景などが面白かった。

それとともに学生がどういうところで反応しているかが面白かった。ひとつは世間や大人の世界のほころびがみえるようなお話し。もうひとつはストレートに、設計する喜び、デザインする喜びが伝わってくるようなお話し。そういうのがうける。そういう意味では、教師としてのぼくたちの話し方は色気がないのは確かだとおもいつつ、でも学生たちはしごくまっとうなのである。

後援に付随していくつかの小イベント、最後は記念撮影で締めくくり。安藤さんは夜も後援会にご出席とのことであった。お疲れ様です。

建築史家のエクササイズとして、しかじかの建築家は後世、歴史叙述のなかにどのように位置づけられるか、とか、どのような建築家像として描けるか、などと問答することがある。安藤さんについてこのエクササイズをやろうとしたが、いまだにはっきりした結論は出していない。ただ20世紀前半は巨匠の実験の時代であるとすれば、安藤さんは成熟というフェーズに位置づけられることは確かであろう。彼が若手から中堅・巨匠になるにしたがって、安藤論を書く専門家が内外にあらわれた。それとパラレルに、安藤さん自身は、すこしずつ自分の作品について専門家的な建築論をプレゼンすることを少なくしているように感じられる。今日の学生への話しかたも、自邸の居間に案内して接待、というより、遠くにいる人に玄関をあけて手招きしているようなスタンスである。それでいいのだ、ということをかなり初期にわかったのであろう(と推察する)。しかし素人向きにしているようで、なるほど、このほうが建築と社会の関係がよりストレートに伝わってくるのも確かである。

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受信: 2010.09.19 23:03

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