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2010.08.11

ポストモダン都市としてのピッツバーグ?

なぜピッツバーグか?話せば長いことながら・・・。

今年の夏もMAT Fukuokaという企画に動員されて、講演をした。MATは去年から始まった現代建築見学ツアーである。東京/福岡/海外で三元的に活躍している松岡さんが、シカゴの建築ツアーを参考にしたものである。ぼくも10年前にシカゴの建築ツアーで、ライトのロビー邸やなんかを見学したことがある。だから去年から全面協力である。

お題は「ポストモダン都市」である。ジェンクスの「ポストモダン建築」にちなんでいるのだが、現在ではむしろ思想界の言葉となってしまったものを、ふたたび建築の目で見てみよう。ぼくの理解では、いわゆる近代建築(モダンアーキテクチュア)の弊害が顕著になったので、それを乗り越えるべく提出された概念が、これである。しかも当初は、ポスト「モダンアーキテクチュア」(Post-Modern Architecture)であった。近代建築のあと、なのであった。それがしだいに、建築のみならず、社会、思想、文化の領域で一般化された。この一般化される過程で「近代建築」というひとつながりの概念が分断され、「近代/建築」となり、「近代」と「ポスト」が一緒になって「ポストモダン」概念が自律する。とともにいわゆる「モダン」にたいする「ポストモダン」が、ひとつの様式概念となって再登場する。

しかしこの「ポストモダン」概念たるや、建築へとブーメラン的に適用されると、19世紀的な様式概念とほとんど同じレベルのものとなる。つまり「ネオグレコ」や「ネオゴシック」とほとんど同じような「ポストモダン」。

ぼくの講演では独立概念となった「ポストモダン」を「都市」にくっつける。そしてピッツバーグを回想してみる。

ぼくは2000年夏にアメリカを観光旅行した。そのとににピッツバーグで4泊ぐらいした。とりあえずいろいろみた。

ぼくはそれまでこの都市といえばピッツバーグ・パイレーツしかしらなかった。しかしいろいろ面白いものを発見した。ここはもともと産業都市であった。カーネギーが鉄鋼王となり、USスチール社をつくった。ガラス産業、製鉄産業、食品産業もある。ハインツがそのお代表である。この都市はダイナミックな産業都市として発展したが、1940年代から公害に苦しんだ。1980年から産業構造を大転換させ、第二次産業から第三次産業の都市となって大成功した。現在では全米の住みたい都市ベスト10内にランキングされているという。

アメリカ的視点からみると、事態はきわめて単純明快である。第二次産業=モダン都市、第三次産業=ポストモダン都市、なのである。アメリカの建築をいろいろ見ながら考えると、ポストモダンは無理なく実在するし、アメリカの1980年代を考えるうえでは、ほんとうに本質的な言葉だと思う。1980年代というと、日本的目線からすると自動車に代表されるように過剰輸出にたいしてアメリカが怒っていた印象ばかりつよいが、それと平行して、アメリカでは産業構造の大転換をやっていた。それがポストモダンとして現れたのであった。

ダウンタウンの建築にそれを読み取ることは容易だ。フィリップ・ジョンソンのPPGプレイスである。PPGとはピッツバーグ板ガラス会社のことで、この建物はその本社ビルである。PPGは1980年代の構造転換のなかで、生産ラインは都市の外に大胆に移転しながら、ヘッドクオーター機能は残し、さらにPPGプレイスをいわばガラス産業の象徴的中心とする。すなわちこの建物は、ガラスで覆われた、ゴシック様式の、新社屋である。ガラスのゴシック大聖堂。機能よりも、ガラスというあられもない表出、ゴシックという過去の偉大な様式の復活。それがアメリカ建築モードを支配するジョンソンにより建設される。

アメリカというのはほんとうに直截な国である。前述のUSスチールは、鉄鋼のH鋼がむき出しになったデザインである。名前は忘れたがアルミ会社の本社ビルは、完全にアルミで外装された超高層である。そしてがらガラス会社はガラスで覆われる。その単純明快さは、とても空疎であり、あっけらかんとしており、ストレートであり、むなしささえ感じさせながら、でもある種の力をそこに感じざるをえないような、類のものである。

なので現在のピッツバーグの都市スケープは、ガラス、スチール、アルミなどという巨大産業が、その巨大な抜け殻を都市のなかに痕跡として残したような、そんな摩訶不思議な景観である(といってもオフィス機能はあるので完全なボイドではないが)。そういう意味で、ポストモダン都市なのである。

ピッツバーグと比較して福岡はどうか?ここは充実した産業都市であった時期はなく、歴史的にもともと貿易都市、交易都市なのであって、「産業=モダン」が欠落している。現在でも都市GDPの90%から95%は第三次産業が生んでいる。日本の大都市のなかでもこの数字はダントツらしい。だからここは「ポストモダン都市」であるべく宿命づけられている、といえる。

だから1980年代90年代福岡は、マイケル・グレイブス、アルド・ロッシ、シーザ・ペリ、ジョン・ジャーディ、はたまたレム・コールハース、ポルツァンパルク、マーク・マック、スティーヴン・ホールらが仕事をする場所となった。それを「外タレ」として意識の外に置いてしまうのも不毛なことである。

ということでいろいろ役者はそろっている。ぼくは地元の若い人びとが、本気で、本格的な地元の建築史・都市史を描くべきだと思っている。地元らしい建築があるはずだ、ではすまさせない。地域の文化的アイデンティティがあるとしても、それはどこかに本質が隠されていて、それを単純に発見すればいい、ということではない。そんなものはどこにも隠されていないし、存在しない。そうではなく、担おうとする人間が、意図して、ときには悪魔的に、戦略的に、継続的な意志と努力によって、作り上げてゆくものなのである。たとえば姉妹都市ボルドーは、人口規模からいえば福岡の三分の一しかないが、それでもボルドー都市史・建築史がしっかりえがかれているし、出版されている。そういうものである。

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