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2010.07.10

革命から100年して都市はできる?

最近、講演やなんかでしゃべったネタである。

革命、といってもフランス革命やロシア革命ではなく、農業革命や産業革命のことである。

トフラーは『第三の波』で農業社会、産業社会、脱産業社会の3段階をいった。とくに脱産業社会は1950年代からである。ぼく的には、いわゆる脱工業社社会、堺屋太一的な知価革命のようなもの、のはじまりはハリウッドにおける映画産業が嚆矢ではないかと思っている。

おもしろいのは産業構造がおおきく変わって、それから都市の姿がかわるのにどのくらい時差があるか、ということである。

農業革命が12世紀ヨーロッパでおこった。生産量が飛躍的に増加した。それらは都市の市場に流入し、都市の富を増大させた。このおおきな枠組みの中で、新都市が建設された。南フランス地方のバスティードなんかがそうだ。この場合、農業革命から新都市まで100年はかかっている。

産業革命は18世紀後半のイギリスでおこった。しかし19世紀にもたらしたものは、大都市における過密化、環境悪化、疫病であって、それらは結果的な変化というよりも新しい都市のための生みの苦しみにようなものであった。

フォーディズム、テイラー主義が定式化されたのは20世紀初頭である。つまり蒸気機関やスチール製造技術が確立されたとしても、どういう人的組織で生産するかという方式が完成するのに1世紀以上かかっている。

都市も同様である。イギリスでも住宅法は19世紀終わりになっってやっと整備される。イギリスの田園都市、ガルニエの工業都市プロジェクトなど、すべて20世紀初頭である。つまり産業革命から100年以上して、やっと都市の像が描けるようになったのであった。

すると1950年代に産業革命ならぬ知識革命があったとして、それにふさわしい都市が提案されるのは2050年以降ということになる。

もちろんすでに新しい社会のための条件はわかっている。

産業社会のための都市は機能別のゾーニングでなりたっている。そして資本制。生産/消費、労働/住居、設計/生産、思考/制作は分離される。分離的方法論によるピュアな空間が生産性を高めるとされた。

知識革命のための都市はそれを逆転させたものとなる。 生産/消費、労働/住居、設計/生産、思考/制作はふたたび融合される。それはウィリアム・モリスの夢を実現するものとなる。ジェイン・ジェイコブズのいうように、ほどほどの規模の都市のなかで、高度で専門的な、しかし多様な専門家たちが、おたがいに刺激しあいクリエイティブな活動を展開するようなものとなる。ポランニーにいうように、「暗黙知」と形式知が相互補完的な関係で高め合うシステムとなる。

しかし、では具体的にどうするか、はまだ定式はない。

もちろん提案はたくさんある。コンパクトシティ、ナレッジリージョンズ、シュリンキング、スマートデクライン、ファイバーシティ、地域社会圏、6次産業・・・。2050年以降のものはそれらの要素をなんらかのかたちで含んでいるはずである。

でも現状確認をすれば、ぼくたちはすでに知識革命のあとの「知識社会」のメンバーでありながら、依然としてフィジカルには「産業都市」に住む住人たちである。そういう意味ではぼくたちは過渡期的な矛盾のなかで生きているのかもしれない。それがぼくたちの限界であるとすれば、建築関係者たちにとってはそれが希望である。

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