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2010.07.04

iPadを注文した

いまさらではあるし、「ITは3年遅れ」が家訓だったのだが・・・。まあいいか。

個人的にはペーパレス化をしこしこやってきたので、eブックは賛成である。

もともと文献弱者にしてIT弱者なのであるが、ふるくは東光堂で外国書籍を注文して3カ月待ったりとか、パリの書店にエアメールを書いて半年待って、むこうが勘違いして再度エアメールをおくってさらに2カ月まったりとか、アマゾンで注文してもときには1カ月待つのはよろしくないと憤慨したりと苦労はしている。しかしeブックなら数分で読みたい本を手にできるようになる。大賛成である。建築界もぜひそうしてください。

それはいいのだが、書斎の風景は変わるだろうね。書斎スケープ、ブックスケープ、eスケープなどといろいろ造語も考えられる。ともかく書籍で囲まれた密度の高い空間、などというものは18世紀のブンダーカマーか、せいぜい産業博物館にようなものとなるであろう。そういえば牧野富太郎記念館には牧野博士の書斎が復元してあった。そんなものになるであろう。立花先生の猫ビルはどうなるのであろうか。松本清張の記念館はどうなるのであろうか。でも逆に考えれば、まさに20世紀を象徴する、歴史を語るものとなるかもしれない。

学者になろうと思った若いころ、書籍に囲まれた高密空間はあこがれであった。しかし、10年後に「否応なく」という感じでそれが実現されると、夢と思えたものが悪夢となる。だからこんどはペーパレスを目指すようになった。

もちろんナマの書籍も信じている。なにしろ「部屋の装飾」としては最良のものである。本棚に文献がつまっていると研究室らしいし、知的な雰囲気になる。応接間にも本を飾っておきたい。でもeブックが普及すると、紙の本などというものは、やがて床の間の掛け軸のようなものになるであろう。

つまり「20世紀型の書斎」は「書院造のその書院・床の間」の運命をたどるであろう。だから絶対になくならないのである。

だから21世紀のインテリは、もし財力があれば、①お床のある書院、②書架で囲まれた図書館のような書斎、③それじたいが情報端末と化したeスタディルーム、という3点セットを整えるべきである。ぼく個人は、財力の理由から③だけにしますけど。

ついでにおせっかいもしてみよう。

教育熱心なインテリ父、インテリ母が、子供にどうやって本を読ませるか。応接間にフーコーの本なんかを飾っておくだけではだめである。子供にiPadを買い与える。インテリ父は子供の端末に、eブックを送りつける。レポートを書かせる。その内容でお小遣いの額を決める。などなど。これも笑える悪夢である。

WEBのように、音楽業界のように、創作者の権利が守られるための仕組みが構築されるであろう。それと平行して、弱者であっても「e出版」をできるようになる。これは重要な可能性である。クリエイティブな出版弱者が「e出版」長者になる可能性はある。そういうサクセス例があると、引きこもりやニートには希望がもてるようになる。

「新書」はいちばんeブック化しやすだろうね。ビジネスマンはiPad買いそうだし、かりに買わなくともノートPCで読むであろうし。空港についてeブックをダウンロードし、飛行機のなかで読むのである。

既存メディアがどうするか。紙/電子の違いだけで、生き残るであろうというのがぼくの予想である。月刊誌、週刊誌というようなものも、年(度)、月、週という時間の制度があるかぎり、なくならないであろう。それから、特集、展覧会、というようなことも。つまりそれらはパッケージである。情報がだらだら届けられても、ぼくのような一般庶民はうっとうしいだけである。そこでパッケージしてもらえばたいへん喜ぶ。

マクルーハンのいう「メディアは(が)メッセージ」は、そんなかたちで、真理でありつづけるであろう。

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