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2010.06.03

野中郁次郎/紺野登『知識経営のすすめ』1999

社会勉強のために読んだ。経営学の概念「ナレッジ・マネジメント」なるものが90年代から欧米で注目されているそうである。

アルビン・トフラーの第3の波論やプロシューマー論(生産者と消費者の一体化)などがベースにおかれ、モノの生産が指標であった産業の時代がおわり、知識が産業と経営の主役になる時代のパラダイムが述べられている。ナレッジ・マネジメントはひとつの手法であり、それは企業内のベストプラクティスの活用という狭い意味にとどまる。筆者はそれをさらにひろげた「知識経営」がすでにトレンドになっている、というものである。

堺屋太一の知価革命論はやんわりと無視されているようである。日本初で欧米にも発信された議論のようである。

これは第二次産業(製造業)から第三次産業(サービス業)へのシフトともいえるが、しかし第二が第三に置換されるのではなく、包含もされる。例としてあげられているのが、自動車はかつてはたんなる産業生産物でありモノであったが、音響装置+音楽コンテンツ、ナビ+地理情報・交通情報・気象情報、あるいはツーリズム・ナレッジがどんどん付加価値とされるようになると、その知識が主体となって車メカニズムは副となってしまうかもしれない。電子レンジも、加熱メカニズムだけならモノだが、レシピ、食品ナレッジ、栄養ナレッジ、健康ナレッジが追加され、さらに消費者の学習プロセスまでインプットされるとむしろ知識が商品価値の大部分をしめるような逆転が生じるかもしれない。

こうした産業としては、製薬やバイオが有望らしい。

さらに知識の「場」が論じられている。インテリア、対話者、知識の文脈など、総合的なものが「場」であるらしい。ノキア社では、旧態然としたオフィスを廃して、人間同士のふれあいを活性化する巨大カフェテリアをつくってフレキシブルなミーティングができるようにした、など。アレグザンダーのパタン・ランゲージ論、イエイツの記憶術、ギブソンのアフォーダンス論、暗黙知、が引用されている(建築から見るとちょっと古くさいのであるが)。

ということで「情報」も「インダストリアル・デザイン」もすでに古いのであってこれからは「知識デザイン」なんだそうである。

・・・さて以上を建築の立場から斜視的に考察すると。

(1)住宅設計なんてもともと知識デザインでないか。つまり製材したりブロックを積んだりするローテクをベースにしているのだし、大量の建材を消費しているのであるが、その消費者は、これこれの間取りでしかじかのライフスタイルをする受託をデザインするという生産者でもある。建築の価値というのは、空間の配列で身体的そして知的な生活を可能ならしめるシステムをつくることにある。建築家が、特定の施主の願望やライフスタイルや思想をよみとって設計することは、じつは知識デザインなのである。このことはいままで不当に低評価されていたのではないか。

(2)ナレッジのための「場」は、この書では、まだまだ仕事場のイメージである。しかしほんとうに知識をデザインする生産的なワーカーは、住まいや、近隣の街や、情報・文化環境など、つまり都市そのものから知識の栄養をえている。それをデザインしなければならない。考えてみれば、近代産業のために現行都市計画の枠組みはある。いくら知識産業がこれから優勢だとはいえ、都市パラダイムはまだまだ産業社会時代のものだ。知識デザインが主役になるような都市をこれから考えることは、とてもわくわくするようなことかもしれない。

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