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2010.04.13

『都市建築史的観点からみた中央と地方に関する研究』

・・・という冊子が建築学会から届いた。いろいろ忙しくて隅々まで読む時間はありませんが、なるだけ拝見した。

これは日本建築学会のなかに組織された若手奨励(40歳以下らしい)のための研究委員会の成果であり、そのシンポジウムの記録である。

たいへん断片的な読みで申し訳ないが、オスマン朝国都イスタンブルの紹介では、もともとは遊牧民であったオスマン朝が、イスタンブルという都市の定住性と葛藤をもち、やがて遊牧→定住化するという、おおきな枠組みが示されている。これは権力理論とは普遍的な枠組みであり、つまり皇帝・国王などの身体が重要視されるうちは彼は移動するのであるが、権力が抽象化・普遍化するとむしろ定住化する。ヨーロッパにおいても宮廷はつねに移動していたが、やがて定住化する。

フィレンツェにおける君主の結婚祝祭は、フィレンツェ君主がトスカーナ大公となり、領域国家化するのと平行して、その権力意識入市式における仮設モニュメントの図像に反映されるというもの。入市式図像の研究は最近の研究ブームであり、西洋史の人が書いた論文もたまたましっているし、ヨーロッパの研究者も書いている。

全体としては、時代の変化というものに適切に対応しつつ、適切な枠組みを構築しているように感じられる。おそらく個別研究において具体的でなまなましい成果が多く産出されるであろう。

そのいっぽうで本質的にはなにが新しい視点なのかも検討するべきであろう。たとえば中央/地方の関係論において、芸能や文化は地方で発生して中央に流入されるという構図があることが指摘されているが、これは1970年代の山口昌男の理論そのままであるし(山口昌男でさえ特段新しいことをいっていたかどうかわからない)、首都は諸共同体の隙間であるというニューアカ時代の論理とさほどかわらない。

また交流ネットワークという視点も、ブローデルによる地中海論のなかにすでに強調されている。

もちろん年寄りの果たせなかった夢をいまの若手研究者たちに取り組んでいただけるという、有り難い側面もある。

ただ方法論、あるいは一歩すすんで他の方法論との違いを明確化する必要はあるだろう。首都を中心とする建築史とは、国家建築史であり、ネーションステーツ建築史であった。そしてとくに戦後の建築史は、いわば「近代批判」をおおきなフレームとして、この国家建築史を批判しようとしたのであった。しかし批判の対象として正面にすえることで、皮肉なことにきわめて逆説的なことに、この批判しようとしている国家建築史の正統な嫡子となった。

この国家建築史はたんに実証的研究のレベルにとどまらず、美学(たとえば日本的なもの)をも規定している。もし国家建築史を克服して地域ネットワーク的なものを対峙させようと思えば、実証主義レベルにとどまらず、美学、建築理論、などいわゆるメタレベルでの闘いも期待されよう。つまり実証的レベルにとどまれば東洋史学や西洋史学のたんなる傍系であるにとどまるであろうが、まさに建築や都市の固有の領域を保てるかどうかもまた検討対象であるからである。

たとえばぼくがたまたま知っている例にすぎないが、ヴィオレ=ル=デュクはゴシック概念を構築した。しかしブルターニュのある歴史家は、ゴシックというものはどこにも存在しない、それはヴィオレ=ル=デュクの勝手な概念にすぎない、それはイル=ド=フランス的、フランス国家的なものにすぎない、という。つまり地域的な視点からすれば、国家的な枠組みは端的に存在しないし認められないもののようである。まあ、日本ではそこまでは言わないであろうが。

そして中央/地方、地域間交流などといったタームが使われていることからわかるように、この枠組みは、グローバル化、EU、都市間連携、都市(地域)間ネットワーク、それぞの地域や都市が生き残りをかけてストラテジーを活発に展開してる、1990年代からの世界の動向にぴったりシンクロしていることも明らかである。だから適切に対応しているのではある。そのことをより明言して、現在進行中の、建築や建築のさまざまな取り組みといかなる関係をもちうるか、も構想してほしいものである。

そういう意味で、本冊子をめくって部分的に読んだ印象としては、たいへん充実した個別研究、事例研究がこれから多く生産されるであろうという期待をもつとともに、それらを束ねたときになるだけはっきりした輪郭をもてるような、上位の枠組みが構想されることを期待したい。それができれば、建築史・都市史とはたんなる過去学ではなくなり、過去を踏まえながらもいわゆる歴史的建築とも現代建築とも近未来のプロジェクトとも密な関係をもてるものになるであろう。たとえていえば、前述の「近代批判フレーム」とは違う、その代わりになるものは、なんであろうか?というようなことである。

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