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2010.04.06

日本建築50年周期説?

誤字脱字チェックのため自分のブログをみていたら、50年周期ってあるのかな?と思った。

(1)西洋化の50年:1870年代から?

明治維新はそれなりに転換点であった。もっともアメリカ人にとっては明治維新というより通商条約であって、かれらにとっては日本を屈服させた日が重要である。日本人にとっては体制を変えた日が重要である。建築にとっては技術の導入が重要であろう。とはいえ建築にとっては転換点はなく転換期間というグレーゾーンなのではあろう。きわめて曖昧に1860から1870年代としておこうか。本格的には、ということで1870年代から?

それを「近代化」とするかどうかはむつかしい。開国とか西洋化とか呼ぶことはできるであろう。しかし西洋もこの時代は旧技術であったからである。

(2)近代化の50年:1920年代から?

RC構造や鉄骨構造は20世紀にはいってからである。さらに家族をコアにすえた近代住宅もそうである。

日本にそれらが導入されて、西洋化ではなくまさに近代化したのは1920年代前後ではなかろうか。1910年代から30年代にまたがるが、中心は20年代であろう。RC、鉄、近代家族、なにより1919年の都市計画法、市街地建築物法などに代表される建築制度。さらに建築学科を中心とする「建築学」の整理。国と学科が整備した高専などの「中等教育」、そこにおける建築技術教育の標準化など。建築は「学」になり「制度」になった。

(3)近代をのりこえようとする50年:1970年代から?

次の50年後は、それへの根底的な批判がなされた。

1970年の万博とその直後のオイルショックを思い出せばよいが、建築は滅亡し、解体され、消滅するというようなことが宣言された。その宣言の妥当性そのものはどうでもいい。そのような批判的精神に満ちた時期であったということである。「近代批判」「地方の時代」「地域主義」「エコロジー」などがいわれたのがこの時期であった。現在の環境指向も、この方向性をきわめて高度化したものであろう。

(4)××××の50年:2020年代から?

さらにそれから50年、というのが2020年代である。ちょうどぼくが西洋化ではない真の近代化とよぶものから、2サイクル、100年後ということになる。

2010年現在の10年後だから、まだよくわからないが、予兆はすでにあらわれていることになる。地球のための50年、ソフトな衰退の50年、かつていわれたネオ中世の50年かもしれない。「××××」はなにか、いろいろご検討ください。

50年ごとであってもそれらの基底にあるグローバルシステムは変わらないようでもある。

ぼくもそれなりに準備しておきましょうか。

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