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2010.04.16

『建築を愛する人の十二章』

著者である香山壽夫先生より賜りました。ありがとうございます。

古代ギリシア、ゴシック、ルネサンス、近代建築、はたまた日本の寺院や神社など古今東西の建築を衒学的にならずに、大地、空間、門、壁などといった建築固有の言葉を切り口にして、ゆたかな芸術的そして人文的教養のうえにたって、論じられる、そういう建築論である。若く未成熟な人間の気負いや力こぶしはすでに超越されていて、すべてが優しくでも確実につたわってくる。

香山先生はかつてパイオニア時代のアメリカ建築にかんする特集をしていた。もちろん建築形態学や、アメリカン・ボザールについての特集も有名である。しかし個人的には、アメリカのフロンティア精神のようなものを彼に感じる。もちろん本書のなかでもニューメキシコのプエブロの住宅にたびたび言及していることもあるのだが。しかし20世紀のよき時代のアメリカを体現しているなどと感じるのはあまりに紋切り型なのであろうか。

ルイス・カーン。50歳をすぎてイタリアに留学し、ヨーロッパ建築のエッセンスを学び、60台以降に開花する。新大陸の建築家が旧大陸の建築に接し、それを独自のスタンスでしかし誠実に再解釈する。様式、正確、タイポロジーといったヨーロッパ独自の言語をそのまま追体験するのではなく、ルーム、光、壁といった、アメリカ的にして独自な、しかしより普遍的な切り口で文化的ルーツであるヨーロッパの建築に切り込んでゆく。それはそれなりにフロンティア的試みであったのではないか。

アメリカならではといった偏狭な地域主義に陥るのではなく、より普遍的な枠組みで包含しかえすことで独自のスタンスを確立しようとする。それは20世紀建築はアメリカの世紀といわれるゆえんなのであろう。

香山先生はそのアメリカの最良の時代に、そこに留学し、アメリカを拠点としてヨーロッパ体験をして、自身の建築観を構築していった。20歳台の末、彼は大西洋を船でわたり、パリのノートルダム大聖堂の光を体験したのであった。

カーン「構造体は光を与え、光は空間をつくる」。この認識には、ヨーロッパ的な文化や教養の世界も必要ではあったのであろう。しかしそれを自由に解釈するフロンティア精神もあったのであろう。

リチャードソンも、ライトも、そういう意味ではフロンティア的建築家なのであり、ヴェンチューリもフロンティア的建築史家なのかもしれない。

本書から感じられるのは、そうしたフロンティア精神の存在を直感的に知っていた若い建築家が生きた、みずみずしい、希望に満ちた、ペシミズムも希薄な、後の世代の人間には繰り返し不可能とも思えるような、そういうひとつの時代なのであろう。最近わかってきたのだが、だれであれ、ある一つの時代を刻印されたまま、その時代を内部に保存しつつ、現在を生きるのであろう。

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