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2010.04.20

『磯崎新の建築・美術をめぐる10の事件簿』

という本を読んでみた。月曜日は会議ふたつに授業ふたつのあわただしい一日であったが、こういうときの合間がけっこう読書にはむいていた。

磯崎本のなかでは『建築の1930年代』や『ポストモダンの時代と建築』の系統であり、対談をとおして深めてゆくやりかたである。前者はもちろん1930年代という、合理主義と全体主義の相克のなかで20世紀が形成されたという問題を論じている。後者はおもに1980年代を論じており、資本の時代になったという流れで時代を位置づける。奇しくも2著により「国家」と「資本」を論じていたわけである。

では『事件簿』ではなにを論じたか?それは「イタリア」であり、彼の建築への愛である。

アルベルティ、サッコ・ディ・ローマ、ベルニーニとボロミーニ、ピラネージ、未来派、ファシズム、レアリスモ、フィレンツェの洪水、群島・・・と論じているのだから、要するにイタリアづくしであり、ぼくが説明するまでもない。もちろんイタリアを論じるということは、日本やドイツやイギリスを論じることと同じではない。つまりイタリアを論じるとき、イタリア的なものとか、その民族文化や国民文化やその特性を論じることにさほど私たちは興味をしめさない。そういうことはあるにしても。私たちは「イタリア」のなかに含まれている、建築の普遍性、建築の建築的特性というようなものに強い関心をいだくのである。

磯崎さんのイタリア建築論も本質的にはそういうことである。

もちろん含蓄は深い。アルベルティの『建築論』は、人間中心的な価値観において建築を普遍化しようという試みであった。しかし「普遍化」ということは、想像するほど優しいことではなく、個別性を残酷に無価値化してゆくことでもあるのだが。磯崎はしかし、アルベルティが確立した神人同型説的な建築観を破壊することが自分のミッションであった、という始まりの書き方をするのであった。

最後は『群島』論であり、この論はなんども繰り返されているのでいまさら説明するまでもないのだが、断片の集積としての世界というようなことであろうか。

それはともかく事件簿の事件とは?それは神聖ローマ帝国軍がローマを襲ったことであり、ナポレオンによるイタリア遠征であり、二月革命であり、ファシズムであり、革命であり・・・そして彼自身が体験した戦争であり、フィレンツェの大洪水であり、ミラノ・トリエンナーレであり、1968年であり、ラディカル、なのであった。

「事件」により建築を支えていたパトロネージも、建築家たちの意識も動向もまったくかわってしまう。磯崎新は、自分自身が体験した事件とその意味を、過去の重要な事件のそれを重ね合わせ、推測し、そのことによって、事件を経由して、自分自身の歴史的位置づけをおこなうことができるという希有なイマジネーションの持ち主なのである。あるいは彼はきわめて感受性の強い読解者なのであろう。そういう意味では、一貫した思想家ではなく、「出自そのものを自ら攻撃する」というラディカルが一貫しているのは、一貫した思想をけっしてもたないという逆説的な一貫性なのであって、それよりなにより磯崎新は霊的なそして超越的なものをも感受するレシヴァなのであろう。

そしてなにより逆説的な、出自をも攻撃する、自己言及的な批評行為がなぜこのように長期にわたって確信をもってなされるかというと、やはり「建築」への超越的で無条件であるいみ理論以前的な愛があるのであろう。それはアルベルティの建築より、テラーニの建築より、マルパルテ荘よりもはるかに上位にある、だれも見たこともないようなものなのであろう。イタリアとは現実のイタリア国であるというより、そういう上位の建築概念を与えることのできる複合的な世界であるというようなことであろうか。

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