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2010.03.14

Y-GSA公開シンポジウム「住宅」

3月13日(土)の午後、横浜YCCでシンポジウムに参加した。山本理顕さんに呼ばれたのでよろこんで参加させていただいた(山本さん、チューリヒ空港コンペおめでとうございます)。

ぼくの発表はフランスの19世紀におけるさまざまな住宅プロジェクトをいくつか紹介するもの。ぼく的にはオスマンではなく、民間の業者が開発したあまりしられていない街区がじつはいまのパリを構成してる、すくなくとも都市パリの「地」を構成している、というようなことからはじめたかった。あるいはパリ19世紀というとオスマンのパリ改造ばかりが注目されるなか、いろいろあったんだよ、ということもいいたかった。

じつは撮りだめしている写真がいっぱいあって、自分でもじっくり見ていないものも多く、それらを紹介するという意味もあった。

ミュールーズ市や、ギーズ市の労働者住宅、パリ郊外の田園都市などは現地でじっくり観察したので、写真もそこそこいい。若い学生たちにとっては知らざるフランスの一面であろうと思う。プレゼはとにかく写真をたくさんみせた。

結論としては3点あらかじめ用意していた。

(1)フーリエの「情念」を建築史・住宅史の立場からどのように解釈するか?

ぼくは「情念」とは、世界の基底にあって、世界のなかのさまざまなものの基盤となっている普遍的で抽象的ななにか、だと思うようになった。それはマルクスにおける資本や貨幣、ライプニッツにおけるモナド、デミクリトスにおける原子、古い物理学におけるエーテルのようなものである。世界は情念と情念でないものに分割できるのではない。基底となる「情念」がさまざまま形態をとって、異なるものとなって、世界を構成する。そのような基底的で、ある意味で流体的なものなのであろう。

「情念」とは、人間の意識がなにものかに向かうその欲動のようなものであろうし、他者をどのように関わってゆくかという人間の根本的指向性のようなものであろう。だからこの普遍的・基底的な「情念」を、ある形態に編集すれば「家族」になるし、別の形態なら「共同体」になろうし、また別の形態なら「アソシエーション」となろう。

そして19世紀のさまざまな住宅プロジェクトがきわめて多様であるのは、こうした基底的「情念」を編集する、その編集の仕方が多様であったというように書き換えることができるのではないか。

(2)民間事業か公共事業か?

これは通説どおり。19世紀は民間の活力によって開発がなされた時期である。オスマンが強権によってパリを大改造したとはいえ、彼は資本の力を活性化したのであった。そして19世紀の民間開発の時代、国や地方公共団体は住宅という民業を圧迫してはならないということで、日本でいえば市営住宅や県営住宅や公団住宅に相当するものには手をつけなかった。

ところが20世紀初頭になって、住宅の不足や、それからサニタリーや個室といったものが普遍的に住まいの基準であると考えられるようになって、公共もまた住宅建設に直接かかわらざるをえなくなった。フランスでは、地方自治体に従属する住宅供給公団のようなものが、国から財政支援を受けるというかたちで、公共住宅が提供されるようになる。両大戦間のことである。これをもって近代住宅の形成と考えて良いであろう。

(3)19世紀は20世紀の前段階か?

このように20世紀は普遍化を目指していった。たとえば最小限住宅などである。それにたいして19世紀は多様であった。反面、過渡期的であるにすぎないと考えられてきた。しかしその多様性にも意味があるのではないか。とくに21世紀は人口減から建設チャンスもすくなくなる。新規の建設で実験する機会もとてもすくなくなる。そのときにほとんどが挫折したかにみえる19世紀のいろいろな実験もなんらかの意味を与えてくれるのではないか。

などである。ぼくの発表はこんな感じであった。

小林重敬先生は都市計画制度の歴史と、土地所有の問題、目下取り組んでいるまちづくりの話しをしていた。オーディエンスにいた憲法学者から、私的土地所有の絶対性について解説があった。これはとても重要な問題提起で、勉強になった。ぼくも素人とはいえ、たとえばドイツにおける土地公有の制度がもたらす都市の統一性、日本における私的所有の絶対性がもたらす都市の貧困、などは学生のころから教えられていた。それが今でも困難な構図としてあるということだ。でもそうであるなら、フランスの19世紀後半に、労働者たちを不動産所有者にしたてようとした政策があったこと、しかしそれが失敗したこと、の歴史的解釈はもっと考えられていいように思えた。

梅本洋一先生からは、劇場空間、オッフェンバック、パサージュについて専門家の立場から解説があった。近代の劇場空間とは近代人の鏡像関係的な自画像であり、いわば都市の自意識なのである。

桑田光平先生からは、ベンヤミンのテキストを専門のたちばから解説いただいて、勉強になった。とくにフランス語/日本語のバイリンガルで解説していただいたのはとても参考になった。つまりフランス語のほうが意味が広いので訳しきれない。たとえばL'interieur va mourrir.を「室内はダメになりそうだ」と訳すのは平板だが「内部は死滅するであろう」ならさまざまな領域に拡大できそいうだし、「内面は死にそう」とすると深刻である。つまり原語のほうがいろいろな解釈ができて、建築的にも広げられそうだ。まあ余裕があればそんなこともできますかね。

二次会は山本さんの空港コンペのはなしやなんかで盛り上がった。桑田さんとも話したが、ぼくのフーリエ理解はそんなに間違ってもいないそうである。元気いただきました。

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