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2010.03.03

SANAA《ロレックス学習センター》

気分転換のWEBサーフをしていたら、ル・モニトゥールの記事にであった。2010年3月2日付けの記事である。

レマン湖近くにあるローザンヌ連邦工科大学の付属施設である。それが竣工したというニュースで、インタビューもあった。

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大学関係者として考えると、こういう施設はほんとうに学生のためになると思う。学生は大学のなかで「自分の場所」をみつけたいものだ。研究室に入ればそれができるが、日本だと1年生から3年生までは場所がない。だから食堂やなんかにたむろすることになる。大学が用意するいわゆる福利厚生施設はなんとなく官僚的だ。だれもなじまない。

ロレックス学習センターは、まず学生が身体的に自分の居場所を見つけやすいように設計されていると推測した。そしてそこで本を読もうと、WEBを見ようと、PC入力しようと自由なようになっていそうである。

デザイン的には、伊東豊雄さんの《ぐりんぐりん》を思い出した。子弟でありながら、ライバル意識もあるように思えるし、しかしどこかで激励しあっているような、そんな雰囲気が垣間見える。

ル・モニトゥールの記事には妹島さんと西沢さんのインタビューがYOUTUBEで見れるようになっていた。ふたりのご説明も拝聴しました。いい時代になったものです。

ふたりのインタビューを聞きながら考えたが、コールハースの傾斜した床はほとんど図式以上のものではなくて、それがランドスケープと連動しているといった理屈は成立するが、それでも図式のままほっぽり出したような無頓着さがいいのであろう。それにたいしてSANAAのこのカーブした床は、知覚や身体感覚に及ぼす影響をとことん計算したものであるようだ。自分の身体的近傍からおなじ建物のさまざまな場所が、微細なニュアンスをもって知覚されるであろうし、隣のテーブルに移っただけで周囲の景色が変化しそうなところでは脳が心地よく刺激されて学習効果はあがるであろう。

すこしまえのぐにゃぐにゃ系とはちがって、身体インターフェースがきちんとスタディできているという印象であり、そのスタディへの信頼が、SANAAにはあるといったことであろうか。

さらにいえば近代以降の建築は、技術、表象、情報へと拡散し、そのコアを薄めつつあった。ところが身体性が重視される建築とは、じつは古典主義のことであって、形態はまったくちがうが、そこになにかしら古典主義的なものが別のかたちで浮上するのではないか。

つまり建築が主人公になっている建築である。情報技術が発達して建築的な工夫が無意味になるはずという論調が多いなか、希望を与えてくれます。

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