« 隠居ハウス | トップページ | 小林重敬『都市計画はどう変わるか』 »

2010.03.27

山本理顕『地域社会圏モデル』

INAX出版の高田さんから賜りました。ありがとうございます。

卒業式の祝賀会で、同僚たちと「隠居ハウス」について激論したあと、教員室に戻ると机のうえにこの本が置いてあった。このまえ山本さんとあったのでだいたいの内容は察しがつくのではあるが、シンクロの妙というか、隠居のあとは地域社会圏、待ち構えたようなテーマである。こういう符合はよくおこる。建築の神様はどこかにいる。

翌土曜日の朝、シリアルとコーヒーをいただいてから、さっそく読む。「建築のちから」シリーズは、プロジェクト構築型の企画であり、方向性がはっきりして読者としても迷わない。

読了。フィットネスにゆく。土曜の午前中はいつもそう。エアロバイクをこぎながら、ふと昨晩のことを思い出した。同僚の先生たちと謝恩会の二次会の席できいたことだが、某先生は毎週、自転車で100キロ程度のロードワークをする。しかも平坦な道ではなく、峠越えまでする。ときにはパンクしほとんど遭難する。しかし達成感はたまらない、という。そうか。負けてはいられない。ぼくも通常は12分のエアロバイクを今日は15分する。すこしは対抗できたかなあ。

うちにもどってブリを焼きながら、『地域社会圏モデル』についてあれこれ考える。

これはヨーロッパでいえば19世紀的ユートピア構想の復活なのであろう。当時も資本主義の暴走によって、そして古い社会の解体によってひとびとはアトム化し、無防備のままほうっておかれた。だからあたらしい社会像が構築されようとした。

それらはとても多様なプロジェクトとなってあらわれた。企業家がいわゆる福利施設的に居住などさまざまなサービスを提供するタイプ。農業共同体にもどろうとするタイプ(「ネスティング・イン・フィレスト」はそのバージョンアップ的なもの)。産業共同体(「新宿山」は産業ではなくエネルギーをコアにしたもの、「ローマ2.0」は21世紀型産業タウン)。ブルジョワ的な家族形態を労働者たちにも適用しようというもの(「1家族=1住宅」はそれに相当する)。ある街をひとつのテーマ(たとえば芸術)にそって形成しようというもの。一見すると投資家による土地投機としての街区形成ではあるがそこになにがしらの理想像のようなものが感じられるもの。

つまり20世紀は資本主義であれ社会主義であれ、普遍的市民像(=近代家族のメンバー)を前提として、画一化をめざした(住宅産業か公営住宅かは左右対照的に違うが同じものなのであった)。真の多様性は19世紀にあるように思える。

19世紀のさまざまなユートピアにしろ、20世紀の産業都市にせよ、結局、産業としてうまくいったものが、コミュニティ、地域、都市としても成功している。ミュールーズには自動車産業があったし、ギーズにも暖炉やバスタブの産業があった。ちなみにレッチワースにはコルセット工場とオートバイ産業があった。だからそこのユートピアはある期間は成功した。さまざまな社会の形態があるとはいえ、再生産できない社会はけっきょく衰退するし、再生産できるユートピアはうまくいった。

若手の建築家たちはそのリアリティをしっかり考えている。長谷川豪さんの「プラズマゴミ処理施設」、藤村龍至さんの「ユビキタス可能な産業」や中村拓志さんの「六次産業」(農業、工業、サービス業をコンパクトに一体化したもの)などは重要なアプローチである。

理論構築軸としての山本理顕さんは、「1家族=1住宅」批判であるから、つまり20世紀住宅を批判しつつ、住宅概念を拡大することをしている。彼のアプローチは継続的であり一貫している。そしてぶれないことが、彼をして、建築知のインフラあるいはOSとしている。

その結果『地域社会圏モデル』は、「住宅×産業」というコンプレクスの新しい形態の模索として読める。新しい産業のありかたが鍵であろう。それは人間が、なにを思考しているか、なにに欲求を感じているか、いかにどの方向にむけて能産的でありうるか、いかに能力を発揮しうるかのかたちである。フーリエはそれを「情念」とよんだのではなかったか。そして、それらはひとつのかたちに収れんするのではなく、さまざまなプロジェクトとして提案されるようなものなのであろう。

前例がまったくないわけではない。20世紀初頭日本の「企業城下町」もまた、産業×都市の一体的形成であった。100年たったいま、産業も、技術も、そして建築として空間を編集してゆく方法も、それぞれ格段に進歩しソフィストケートされている。新しい融合というものを、新しい世代の建築家たちが提案していっても、歴史的にはよさそうなものだ、と思う。歴史家の直感としては、そろそろリアルなハードコアが登場してもよさそうな時期なのである。

よく焼けた美味なるブリをつっつきながら、そう思ったものであった。

|

« 隠居ハウス | トップページ | 小林重敬『都市計画はどう変わるか』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/33954797

この記事へのトラックバック一覧です: 山本理顕『地域社会圏モデル』:

« 隠居ハウス | トップページ | 小林重敬『都市計画はどう変わるか』 »