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2010.03.23

デザインレビュー2010

日曜日と休日、伊東豊雄さんが設計した「ぐりんぐりん」で開催された。せんだいメディアテークとともに、卒計展は伊東建築でもっている?

今年はエントリーが殺到して200近くいったのでしめきったそうである。システムそのものを遮断したとのこと。とりあえずほおっておいてどこまで増えるか見守るという手もあったと思うが。ともかくそんな熱意を反映して面白い作品が多かった。

テーマは全部違うが、1時間ですべての学生作品をチェックし、20ほどに絞り込み、さらに2時間でインタビューして内容を知る。するとバラバラであるもののなかから、最初はぼんやりと、でもしだいにはっきりと、あるイメージがぼくの脳裏に浮かんでくる。

総評のなかでも話したが、教師としてつきあう学生は、ひとりひとりはボキャ貧だったり、理解が足りなかったり、センスがなかったり、誤解していたり、とても頼りないが、でも学生がたとえば世代的なある集合を形成したとき、その集合的思考とでもいえるものは絶対的に正しい。・・・そんなことに喩えられるだろうか。その「あるイメージ」は。それは「ニッチ」というタームで括られる。

デパートといった都市建築の本質は立体グリッドであるが、その構造はたもったまま、肉厚を変えたりして密度の分布を不均質にして、機能の混在をはかろうというプロジェクトは、キュービックな空間のひとつひとつが微妙に異なっている、都市のニッチになるのである。

道路も幅員1メートルしかない超高密度住宅街のなかに、居間のような広場のような共同空間をつくろうというプロジェクトは個人生活という海のなかの近隣的なニッチである。

無人島にいわゆるパラパラ(森山邸のような建築)の葬祭施設を建設するプロジェクトは風景のなかのニッチである。

葦の生い茂った川原にミステリーサークルをつくって、その身体的スケールを計測して、ミステリーサークルもどきの劇場空間をつくろうというもの。

穀物サイロをあたかも縦坑の地下空間によにして、その迷路のなかに小さいニッチ空間や浴場をセットして癒しの空間をつくろうというもの。

お城の本丸跡地に、部屋=ハコを積み上げ、その隙間を採光や通路などにして、高密度な錯綜したあんどん部屋集合体をつくろうというもの。窓のそとには1メートル先に隣人の壁がある。そこに反射したわずかな光が室内にはいってくる。

農村集落のなかに小さな小屋をいくつかつくって、ミニ書庫、共同レストラン、などさまざまな共同施設をつくろうというもの。村落空間のなかにちいさなニッチをたくさんつくろうというもの。

・・・これらのニッチは、ローマの地下墓地にも、象徴的な棺にも、あるいは秘密の花園的なおとぎ話的な個人空間のようなものにも、ひょっとしたら村上春樹の「空気さなぎ」にもたとえられるであろう。

社会性がないのではない。地域社会、文化遺産、共有される文化、そうした諸課題はしっっかりと想定されている。ただこのようなプロジェクトはそうした明るく正しい使命を果たそうとしてがんばっている。しかしこれら学生作品が集合的に働きかけてぼくの脳裏につくる像は、若者たちがいろいろがんばりながら、無意識的に、落としどころとして、どこかにそんなニッチをさがしもとめ、そのくぼみにみずからを置いてみようとする光景であった。そのニッチは、癒し的かもしれないし、黙示録的かもしれないし、快楽的かもしれないし、思索的かもしれない。いまのところはなんとも決定的な形容のしかたもないものだが。

学生たちはしらずしらずのうちに、自分たちの心のなかに投影された時代や社会を描いているのではないかと感じたものであった。それは彼らもまた大きな問題を背負い込んでいるのではないかと感じさせるようなものであった。

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