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2010.02.18

伊東豊雄『20XXの建築原理へ』(木という「反モデル」)

伊東豊雄さんについて書いてやる。

といっても建築情熱がふつふつ、というストレートなものではありません。

おとつい、きのうと8つの会議をはしごしたのである。そうすると人間そのものが特定の方向に引っ張られ、不自然な姿勢のまま固まってしまい、ほうっておくと、デスクワークの果てにメタボになったりヘルニアになったりの、たいへん困ったことになる。だからクリエイティブな建築家のパワーを注入させていただくのである。

これは建築リハビリといより建築ストレッチというべきか。

この書はプロジェクトの同時進行レポートにようなものである。

ともかく都内のある敷地に、伊東さんが「一本の大きく枝を広げた木のような建築」を構想するのである。藤本壮介さん、平田晃久さん、佐藤淳さんらがさまざまな構想を展開する。超プロフェッショナルによる超高度ワークショップといった感じなのだ。

面白いのは木の専門家?の専門的知識が注入されて、発想が広がってゆく点である。巨樹は森ではなく都市に多い、不自然な自然、樹木は表面は生きているがコアは死んでいる、変化することが樹木の本質(建築は変化しない)、植物は徹底的に利己的でありコミュニティはない、秩序という概念もない、・・・・などなど刺激的な概念がつぎつぎに紹介される。それらが建築家たちをインスパイアしてゆく。

ぼくがここで思い出すのは「風のような」「森のような」「海中の藻のような」という、伊東さんのアプローチである。

こうした喩えは、詩人がいだく心象風景ではなく、きわめて方法論化されたものであり、それは諸矛盾の統一のための「まとめ」テクニックのようなものだと思っていた。

しかしそれ以上のものであったようだ。

つまりル・コルビュジエの「住宅は住むための機械」や「ドミノ」を思いだそう。そこでは機械や自動車は建築にとって「モデル」である。その構図のなかではモデルである機械や自動車は、部品からなる、パフォーマンス一定、機能的に設計されている、大量生産可能といった、フレキシブルであることはあっても、つねにはっきりした指標により説明されうる。だから「モデル」である。そしてモデルから演繹してこのような建物ができました、というロジックを組み立てること。これが20世紀的な「建築」であった。これはフラクタルや複雑系の建築においても妥当する。明確なモデルを否定しているようで、複雑系はやはりモデルなのである。

しかし伊東さんの20XX年建築において、モデルであるかのような「木」は、常識を覆す、あるいは素人の知らない、日常的了解とはことなった、意味が与えられ、たえず定型化されたイメージからの逸脱がなされる、そんなものである。専門家の専門的学知はつねに常識を反省させ、新しい認識をもたらすように導入される。そこでは「木」は安定した共有されるイメージではけっしてなく、むしろ、斬新な新しいアイディアがつぎからつぎへと登場する「玄関」あるいは「ステージ」のようなものとして機能している。

つまり伊東さんにとって「木」は「モデル」として作用しておらず、いわば「反モデル」なのである。そして「反モデル」を設計のコアにすえることが、しかしそれでも合理から非合理にゆくのではなくあくまで広い意味での合理性を尊重する、20世紀にはなかった、21世紀の可能性なのかもしれない。

「反モデル」とはなにか。それは「建築」を「木」に近づけるということではない、ということであろう。「建築」というある点がある。「木」という点がある。両者を動かして近づけたりするのではない。どちらもたえず変容し移動するのである。そうであれば、両者の関係どうこうではなく、第三の点を構想して、意味のある三角形を構想すること、なのかな。たとえばそんなふうに説明できるかもしれない。

さてこういうモデル/反モデルという対比は、とても発展可能なものである。ぼくはそれを下敷きにして建築論を書いてみるかもしれませんね。

ということで『20XX』を読んで、ぼくはそんな建築ストレッチをしてみました。おかげさまでこりがとれて、とてもリラックスできました。感謝です。

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