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2010.02.12

リトル・アーキテクチュア

前回「1Q84から読む建築」講演のさわりを書いた。いろいろしゃべった。「ビッグ・ブラザーではないリトル・ピープルをどう解釈するか?」という質問があったので、即興で「リトル・アーキテクチュア」論を展開した。思い出しながらそのさわりを書いてみる。

20世紀は構造技術が進歩したので、大ドームや超高層など、大規模な建築がつくれるようになった。しかしそれらは本質的な「大きさ」ではない。コールハースのいう「ビッグネス」はアイロニカルな大きさなのであって、ほんとうは小さいのだ、という含意がある。

歴史的には「大きな建築」「偉大な建築」という探求は古代ローマで完了してる。そののちムガール帝国やサファヴィー朝の建築はそこそこ偉大な建築、ビッグな感じはする。でも古代ですでに終了してしまった。だからルネサンスにしろバロックにしろ、偉大な建築をつくるときは古代の様式を借りるしかなかった。とはいえ16世紀や17世紀はまだまだイマジネーション的にかろうじて古代世界と地続きであった。だからそれは復興であったとしても、連続感はある。

しかし20世紀の巨大建築、ワシントンDC、ニュー=デリー、モスクワ、ゲルマニアなどの実現された/未完のプロジェクトは、スケールだけみると即物的にはおおきいが、精神的には訴えるものがない。いや負の方向に訴えかけてくるというべきか。つまり20世紀という時代において、古代ローマ的なものを実現することの無理さ、その無理をまさに無理矢理実現してしまったことのもたらす、どこにも収まらない感じである。ぼくは古代ローマやビザンチンのモニュメントをひととおり見たあと、近代巨大国家の20世紀初頭モニュメントを見たのだが、それは新古典主義でございという説明をはるかに超越して、まがまがしい印象しかもちえなかった。

これはデモクラティックな世紀に古代帝政のモニュメントをもってくるアナクロニックな行為のみがもたらしているのではない。

「地」として20世紀は「リトル・アーキクチュア」の世紀なのである。

そのことに無意識に気がつきながら、意識のレベルでは巨大建築をつくるというのが20世紀のアナクロニズムである。

もう40年ほどまえに日本でも「巨大建築論争」というものがあった。そのなかで宮内嘉久(だったと記憶しているが)による最高裁判所建築批判があった。自身はデモクラティックな人間ではあるが、最高権力のための国家的モニュメントであるからとびきり威圧的なモニュメントであろうと予想したが、批判の対象としたかった権力の表象とはなりえない、力のこもっていないものだったので、拍子抜けした、というのである。

宮内さんの直感はまったく正しかったとぼくは思う。20世紀の本質はたとえば団地や郊外住宅や、自動車がモデルとなった住むための機械や、それこそ狭小住宅に代表されるような「リトル・アーキテクチュア」である。高層オフィスにしたって、間口数メートルの棟割り長屋をタテにしたと思えば、リトルなものの際限ない繰り返しにしかすぎない。

ちなみに建築史の教科書を開いてほしい。歴史的な名作とされるのはほとんど個人住宅などの小規模なものである。大規模なモニュメントや公共建築はいがいと少ないことがわかる。これは歴史家や一般読者が無意識に「リトル・アーキテクチュア」を試行し、それを選んできたことの証拠である。

もちろんそれはいいことだけではない。面白いことだけではない。

20世紀は、近代的自我や、社会的サービスや、市民的自律や、家族的結合などを考えてきた。そうした主要テーマが集中してあらわれるのが「リトル・アーキテクチュア」なのである。

問題は、20世紀においてビッグ・アーキテクチュアが時代錯誤的にもえんえんと繰り返されたように、21世紀においては「リトル・アーキテクチュア」がこれまた時代錯誤的にいつまでたっても繰り返されるという、まがまがしさをみせつけられるのか、それとも・・・といったところであろうか。

それにしても上記とは矛盾するのだが、村上春樹のリトル・ピープルはじつはこれこれを意味していたというような解釈はあまりおもしろくなく、名づけられないなにかをいうためのゼロ記号であったほうが物語としては面白いのではあるが。それともビッグ・ブラザー=アメリカにたいするリトル=日本という解釈はないのかなあ?

蛇足ついでに、最新の雑誌で1Q84評もいくつか読んだが、評というよりは、批評者自身の自己分析のようであった。厳しい批判ほど村上依存症である、といった感じ。建築批評もそうなのであるが。

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