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2010.02.27

『現代建築家99』

という書籍をいただいた。ありがとうございます。

と思ったら、ぼくも執筆者のひとりであった。オルタ、ヴァン・ド・ヴェルド、ギマール、アール・ヌーボーについて書いてある。が、いつ書いたかも忘れたし、書いたことそのものを失念していた。ひょっとしたら20世紀の執筆かもしれない。

執筆者は40人ほどで、いわゆる現代建築家99人についててわけして書いている。こうい企画はもっとも遅筆なひとのペースに支配される。編集者は心労により胃に穴が開いたかもしれない。ご苦労様です。

名のとおった執筆者が書いているので、内容は充実している。

ところが書かせてもらっておいて傲慢だが、あまり面白くないのだな。そこで考える。なぜ面白くないかではない。本質的にはいい本なのだ。なぜぼくは面白く感じないかという自己分析である。

ひとつはWEB文化なので、データベース的な文献は、実用的な見地からはもう魅力的でないということである。

すると肝心なのは、東西の建築家たちのなかから99人選ぶとして、その「セレクションの妙」というものがあるかどうか、である。さらにそのセレクションにしても、まず枠組み、その枠組みで選んだ結果、という2点から検討してみてもいい。

じつをいうと「選択の基準」がはっきりしていない。個性がはっきりした輪郭のある、といった基準があるようだが、それがはっきりしていない。だから選ばれた99人にしても、なるほど、とうなることもないのである。

こういうのはシャレや冗談などを迂回してやると面白い。

生涯でもっとも多作であった作家チャート(19世紀だとGGスコットは900作品ものしたらしい)。生涯総延べ床面積でのランキング・トップ30とか。有名な箴言を多くのこした建築家トップ30。建築書を書き残した建築家トップ20。まったく建築書や解説をのこさなかった建築家ベスト10。酒癖の悪い建築家ワースト10。赤派/白派ではないが、建築家がよく使う好きな色によって、建築家を分類してみる。黒い服が好きな建築家は黒派といえるかどうか(ヨーロッパでそういう本が出版されたらしい)。

そうそう。現代を語るなら組織設計事務所にきにしてはいけないが、本書ではあくまで個人である。

ぼくは建築史をやっているので、その興味でいうと、この本の背景にはどうもはっきりした歴史観はなさそうだ、ということはいえる。

では歴史観のある建築家トップ××としてはどんなものが考えられるか?

たとえば「人類建築史上の偉大建築家トップ20」。

だれが考えてもそんなに変わらないと思う。ウィトルウィウス、パラディオ、ル・コルビュジエ、シナン、・・・。でも「建築」そのものの輪郭が見えてくるという効用はある。

でもそのなかに日本人をひとりいれるとしたら、じつは重源ではないか?なんて考えるのも楽しい。近現代に比重をおくとしたら丹下健三かな。でも日本史のなかからひとりというなら重源か利休であったりという視点もあったりして。

で、重源/丹下あたりでその選定をめぐって国内を二分する論争があって、その結果、有名なA教授とB教授が喧嘩したり、建築学会は分裂したり、あるいは建築学会と建築史学会のあいだには遺恨が残って口もきかなくなったり。日本建築における守旧派が立ち上がったり。はたまた磯崎さんや伊東さんを推す一部のコアな勢力がとんでもなく高尚な哲学的言説を展開したり、ポリティカルな理由でいや民家こそ本質だなどと主張する外国勢力が内政干渉をおこなったり、議論そのものが下らないからみんな壊してしまえなどという坂口安吾みたいな人があらわれたり、その結果、日本建築はなにかという統一的概念は修復不可能なまでに分裂したり。国内でらちがあかないので、海外の第三者機関に調停してもらおうとしたが候補のル・コルビュジエ財団とMITのあいだでまたヘゲモニー争いがおこったり・・・。

なんてことのほうが楽しいかも。

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