« わが家のIT事情 | トップページ | AO入試と魚 »

2010.01.18

センター試験と東京駅

かつて国民的な共通体験とは故郷を捨てて上京することであった。今はセンター試験であろう。

共通一次テストが30年ほど前から、センター試験が20年ほど前からであるから、共通一次世代ははや48歳、センター世代は38歳なんてことになる。これら世代が大学を支配するようになったとき、日本の知のありようはおおきく変化するのであろうか。社会学の先生がたはぜひ知見を披露してもらいたいものである。

これは教師の共通体験でもあって、多くの大学教職員がかりだされるので、ほとんど空白の2日みたいな感じになる。

試験監督をしながら設問にちらちら目をとおした。今年は岩井克人の文章が目にとまった。交換価値/生産価値の議論である。金融危機にひっかけての時事的問題である。ただ高校生のレベルなのだろうか。それともぼくのレベルが低すぎるのであろうか。

もうひとつ印象的なのは東京駅である。いま復元工事中でまことにタイムリーな出題である。しかも実施案と、ドイツ人技師による前身計画が比較されており、かなり専門的な内容であった。

ただ設計者の辰野金吾をあてることが出題意図であったとしても、建築史の専門家としてそれほどうれしくない。高校の社会科で建築のことなど触れてくれるのはうれしいが、しかし、必要なのは知識ではなく感受性であるからだ。つまり「第九はベートーベン」などと丸暗記したって音楽はわかならない。では音楽をわかる、つまり聞いてなんらかの感動をおぼえるような聴き方をする、ということについては素人でもその意味することがわかる。ではそれと同様に、建築を見てなんらかの感想をもつことはなにか、ということの了解はまだまさ共有されていないからだ。

東京駅といえば個人的な思い出でもある。まだ稲垣栄三先生がご在職のころ、4年生の設計演習でまさに「東京駅の保存」という課題を出されたからである。東京海上ビル、巨大建築論争などの直後であり、丸の内街や東京駅はとてもホットな話題であった。

ぼくたちのグループはかなり斜に構えていて、ファサードを分節化して高層建築の表面に貼り付けるとか、八重洲側に主ファサードをもってくるとか、そんなことを提案した。文節、転写、反転などという当時流行っていた手法論的コンセプトに無自覚的に染まっていたことはあきらかであった。

その課題で、いまは中部地方の某大学の先生をしているI君が提案したのが、戦災前のドーム屋根の状態に復旧するという案であった。これはいまなされていることとほぼ同じである。

ただこの再現という案について、先生たちは明確な反応を示さなかったことを記憶している。あるいは稲垣先生らしく含みのある、わかる人にしかわからない表現をしたのかもしれない。

そしてそののち丸の内地区そのものの変化によって東京駅の保存ということもかならずしも同一の問題ではなくなったのかもしれない。

数年後になにか文献で読んだのだが、稲垣先生は東京駅を評して「町並みだね」といったことを知った。つまりその巨大さにふさわしい表現ではなく、小さな単位がなんども繰り返されて大スケールにいたるような、基本的には小さなものであり、その堆積にすぎない、というような意味である。そのとおりなのである。江戸的な町屋的なスケール感の建築家が、西洋の立派な建築をつくっているつもり、なのである。そしてそれを、後世の人間は、暖かい心をもって包容すべきなのである。

東京駅と近い時代に、ニューヨークではマッキムらがセントラル駅を建設していた。ローマの記念碑を踏襲した、偉大さを表現した建築である。アメリカ人的にマニュアルに忠実にできているといった印象だが、パックスロマーナとパックスアメリカーナを比較しようとするアメリカ人の自意識はすでにそこにあらわれているような気さえする。

両者を比較すると、やはり、なにかが決定的に違う。いいわるいではない。しかし決定的に違うのはなにか、それが本質論の手がかりになるのである。

|

« わが家のIT事情 | トップページ | AO入試と魚 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/424713/33032879

この記事へのトラックバック一覧です: センター試験と東京駅:

« わが家のIT事情 | トップページ | AO入試と魚 »