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2010.01.06

伊東豊雄さんの朝日賞

あけましておめでとうございます。

平坦なお正月でした。1日は親戚のうちにいってお年玉をわたした。そのかわり、いろいろごちそうをいただいた。2日は悲しいことに一日仕事をした。3日はフィットネスで汗をかいた。10時の開門時にはすでに20人ちかくが並んでいた。元気な中高年がぎっしり、なかなかの光景であった。4日は仕事始めで午前中から会議。5日は自習。6日は一日会議。ぼくは会議大好き。とっても充実した一日だったなあ。・・・・といった、なかなかナイスな年のはじめであった。

元旦、親戚ンちで朝日新聞を読んでいると、朝日賞の記事があって、伊東豊雄さんが受賞したことを知った。

「現代建築における空間表現の可能性を広げた業績」にたいしてである。

おめでとうございます。

伊東豊雄さんを建築家としてどう評価するか、などというものおこがましいのだが。いわゆるモダニズムの旗手のように位置づけるのも平板である。

そういえば電話できかれたので、伊東さんの建築についていろいろ考えて話したことがある。

構造的な新しさがつねにある。建築を、表象としてとらえる方法もあるし、身体性の無媒介な反映とするアプローチもあった。しかし伊東さんは構築や結構のメカニズムとともに、つまりもののありようと同時に建築を構想していることは一貫しているように思える。歴史家として思い出すのは20世紀初頭の新しい建築構造に触発された諸実験である。つまりコンクリートはやがてシェルやラーメンとして定式化される。定式化されると形式としての構造のもつ可能性や夢などはなくなり、計算の世界になる。それ以前の、いろいろな可能性の実験というのがいわゆるモダニズムの面白いところであった。実際、RC構造にしたって、当時の建築家や技術者はいろんなパターンを試行していたのだ。現在生き残っているのはそのなかで、経済的合理性をもったごく一部にすぎない。

多摩美の図書館【注:記憶違いを指摘されたので訂正しました】や、座・高円寺などそのほかのさまざまな新しい構造形式の実践のなかでぼくが面白いとおもうのは、このような新構造の諸実験という20世紀初頭の、近代建築の揺籃期を彼が繰り返そうとしていることである。

モダンなどというと、ドミノ形式に還元されるような、法則が支配する世界というようなイメージを与える。しかし新しい建築には、さまざまな実験があって、その多様な可能性こそがモダンであったとぼくは思っている。

伊東さんが実践しているのは、つねに可能性を追求する、そのモダンの本質なのである。けっして確立された言語体系としてのモダンではない。どっちかにころぶかもわからない、失敗も成功もありうるようなスリリングなものに取り組んでいるようなことが伝わってくる。それが彼の建築の「楽しさ」につながってくる。

それからいわゆる「社会性」や「批評性」。彼はかつては消費社会、いまでは情報というものに対応した建築ということをいっている。そのことだけをとりだすと平板なことをいっているようだが、そのことを建築として翻訳することにその他の建築家以上にスマートなようなきがする。

「座・高円寺」というのも面白そうだ。つまり、さほど強烈な特性のない日本の住宅地。しかも中層マンション、商業施設なども混在する住宅地。そのなかの劇場施設ということなのだが、地中にボリュームを埋めたり、凹面のカーブした屋根状の輪郭によって住宅地のなかにお寺施設がうまく混在していることをなぞったようなつくりは、すごくありきたりのようで、日本的な平板な住宅地のなかに、都市空間をつくりだしている。つまり住宅地を、意味性や文化性などが凝縮された都市として再構成している。これが住宅地というものの日本的な成熟のありかたの、ひとつの可能性なのであろう、と思わせる。

伊東さんは建築をまとめるとき「風」「森」「海中の藻」といった比喩をつかう。しかしそれは詩人がイメージを発展させる出発点としてではない。それは彼なりの「まとめ方」なのであろう。そういえば19世紀の建築は、劇場や美術館や官庁建築をあたかも神殿建築のようにつくってきたがそれもひとつの「まとめ方」であった。伊東さんの「まとめ方」は、建築設計という矛盾の調停のようなことのやり方なのであろう。それは風景とか心象とかをあらわしたものではない。それはある意味で、群衆をどう記述するか、社会をどう描くか、というようなことである。ひとがいっぱい、組織がいっぱい、ではない。ちょうど木/森の関係で、建築の諸条件がそれぞれ木だとしたら、「森」という木の総和ではあるが木ではないものはなにか、建築においてそれはなにか、というようなことである。

・・・そんなことを新聞記者になんども説明した記憶がある。

今日は出勤すると『新建築』1月号が配達されていて、机の上にあった。伊東さんと古谷さんの対談が掲載されていた。伊東さんの論は、すごくやさしい言葉をつかっていて、その射程ははるか遠くまで及んでいる。未来はわからない。しかし丹下さんの次は伊東さんだった、なんてこともありえない話しではない。

さらに机の上には朝日賞の授賞式の招待状があった。いつかな・・・とおもったらその日は会議である。飛行機でとんでいっても間に合いませんので欠席とさせていただきます。地方勤務はこういうときに困ります。

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» 一阿のことば 20 [ガラス瓶に手紙を入れて]
私事になるかも知れませんが、少し海軍兵学校の教官の事を書くことをお許し下さい。 [続きを読む]

受信: 2010.01.06 20:25

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