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2009.10.31

リーグル『ローマにおけるバロック芸術の成立』

翻訳が出たので読んだ。

これは美術史学の文献であって、ぼくのような中途半端な建築史家などが論じられるような対象ではないのであるが、建築史学にとっても不可欠な対象であるだけに、素描ということで感想を書いてみる。

クルフトもそうなのだけれど、ドイツ語文化圏の学者は、普遍的なものを論じるために自国の伝統ではなくイタリアを論じるのである。フランス人なら、ルネサンス以降のイタリア文化依存を自覚し、イタリアへの敬意は忘れないが、基本的にはフランスの芸術のみを語る。しかしヴェルフリンといいリーグルといい、クルフトはイタリアを経由して普遍を語るのである。

もちろんノルベルグ=シュルツが浩瀚なドイツバロック建築論を書いているように、フランスの端正な古典主義にたいして、ドイツの豊満で豊穣なバロック建築はすでにドイツ的なものの域に達している。リーグルはそのバロック=ドイツ的を知っていて、そのバロック概念を構築するために、ローマのみを語るという回り道をあえてしている。

もちろんヴェルフリンのゲルマン/ラテン論になるような、北方的/イタリア的といった融合的対比、ゴシック的/バロック的といった対比において、バロックのなかにいわゆる北方的なものを見るという立場である。しかもバロックは古代を凌駕したという繰り返される指摘は、これはゲルマン的なものは古典古代に勝るという自負を、きわめて婉曲に述べているように思える。フランス人は17世紀、近代人は古代人を乗り越えたとたからかに公言したのであるが。ドイツ語圏はそうではないのである。

ちなみにこれは異なる文化圏間の交通のようなもので、20世紀なら、ル・コルビュジエを理論的に論じることで、その理論的考察を自国文化にしてしまったアメリカ東海岸の動向と同じようなものと思える。コーリン・ロウによるパラディオ/ル・コルビュジエ分析は純粋に理論的であったが、同時期にマイヤーやヘイダックらいわゆるホワイト派によるル・コルビュジエ的建築展開があった。まあこれが、ウィーンでバロックリバイバルが起こりつつその同時代にリーグルがバロックを論じる、そういう構図の繰り返しに思えるのである。

読み物としては、建築を分析するにあたって中庭的原理(古代住宅のアトリウム)からファサード的原理(イタリアのパラッツォ)に移行するといい、ファサードは絵画的であるとして、さまざまなパラッツォについて述べるのであるが、正直いって、ここは退屈であった。後段で絵画をさまざまに論じている部分はまったく眠気を感じなかったのに、対照的である。ほとんどリーグルは絵画を語る人であって、おなじ能力を延長したために、建築=絵画という視点をむりやり導入しているかのようである。

もちろんこれはリーグルの説明によって建築を理解しようとするなら、そうなのである。

実際は、本書は美術一般を理解するために読むのではない。現代において本書を読まねばならないのは、リーグルの思想そのものである。その思想が作品であり、理解すべき対象であるからである。

ようするに約100年前、美術史はどう構想されたか、ということである。それに付随して、建築史はどう構想されえたか、リーグルの頭脳のなかにおいて。という視点から読むのである。

彼は二元論を多用する。北方/イタリア。ゴシック/バロック。彫刻的/絵画的。触覚的/視覚的。その二元論の構図をおきながら、しかし個々の作品の解説においてはたんなる分類には終わっていない。

彼の歴史観そのものは、二元論的のようで二元論に終わっていない。つまり極端な形式論をまず提案しながら、それがいわゆる芸術意志によってダイナミックに変容するというかたちで美術史を描く。つまり静/動、形式/運動、構造/力、である。そう考えるとリーグルというのは完全には開発されずに終わった(それでも実り多い)ひとつの可能性であるかもしれない。建築史的にはそのほうが面白いのだが。どうもぼくにとってもリーグルはこれから取り組むべき対象であるようだ。

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