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2009.10.18

三菱一号館について

16日、建築学会で三菱一号館の再現についての鼎談に参加した。建築雑誌に掲載されるので、ここでは時間がなくてじゅうぶん話せなかったことを書く。ぼく自身のためのノートでもある。

一度完全に取り壊された明治建築が、図面や保管されていた当所材をもとに再現された。

こうした再現やレプリカはべつによくあることで、悪いことではない。日本の古建築の解体修理などはかなり大胆である。また近代の保存美学のきっかけとなった彫刻「ラオコーン」も、レプリカである。古代ギリシアのものの古代ローマのレプリカであった。しかしそのレプリカの再発見をつうじて、ヴィンケルマンは古代美術の理念を構築したのであった。そもそも芸術とは本質的に「模倣芸術」なのである。オリジナルだけが尊重されるのは近代特有なのであって、もし歴史性をもとめるのなら、判断する側の美意識も歴史的になってほしい。

鼎談では、「明治建築の再現+超高層オフィスビル」という開発行為にたいする批判があった。手続きがどうかとか、容積率操作がもはや保存を容認しないものとなっている、というようなことである。これはこれでもっともである。

しかしぼくは「明治建築の再現+超高層オフィスビル」という組合せは、まったく別の背景を、まったく意図せず反映している点で、ほんとうに興味深いと思った(のだが発言する時間がなかったので、ここに書いている)。

つまり戦後の構図は「開発か保存か」であったが、まさにここでは再現建築=保存、超高層=開発、であり、この戦後二元論をそのまま踏襲している。当初は二律背反の二元論であった。しかしいまでは開発側もそうとう優秀になって、両立しようと意図すれば、そうできるのである。

でも開発/保存の二元論そのものに限界はないか?

もうひとつ気づいたのは、丸の内のオフィス街の鳥瞰写真を眺めてしみじみ思う、その単調さ、匿名性である。いわゆるデザイン性・芸術性は感じられない。低スペックであった日本のオフィスの更新、アジアでの超高層ブームすらすでにかなり前であり、最近ではヨーロッパで超高層ブームであり、展覧会も開催されている。そうした世界の動向をみていると、なるほど容積は稼いでいるが、どうもまだまだスーツ姿のサラリーマンといった風情で、個性がない。

ぼくは、保存派の人がいうように、明治建築を保存してもそのすぐ後ろに超高層をたてるのはけしからんなんて思わない。

つまり上記の「明治建築の再現+超高層オフィスビル」という構図は、「明治建築=芸術・歴史性」であり「超高層=能率・ビジネス」という棲み分けである。きびしい言い方をすると、明治建築の保存ということで文化性を担保することで、超高層はひたすらスペックとパフォーマンスということに向けられている。だから超高層は匿名的になる。ヨーロッパの超高層が個性もあって魅力的であるのとは正反対である。ヨーロッパは遅れてきただけ、逆に芸術性と建築的魅力で凌駕しようとしているかのようである。

保存/開発、芸術/スペックという二元論の果てにおこるか?歴史の滅亡である。

つまりこのプロジェクトは、明治が歴史(文化)をやります、現代はスペックです、ということを露骨にいっている。ここでは「歴史」とは「明治」のことである。ならば現代は歴史ではない、ということになる。それは文化でもないというロジックになる。

歴史とは過去の一点ではない。歴史は流れ、いくつかの特徴ある時期をへて、現代にいたる。だから丸の内が明治だけを再現しようとするのは良くない。ロンドンを模範とした初期、アメリカ型オフィスへの転換、31メートル規制の撤廃、巨大建築論争、グローバル化でのオフィス更新、そして最近の再現建築といった一連の流れが歴史なのである。

で、なにがいいたいか。

三菱一号館の再現そのものは賛成である。ただその魅力を最大限に引き出しているかどうかが疑問だ。たとえばレンガのテクスチュアを踏襲することで、新旧の連続性を表現していることが、ぼくには不満だ。そういうことではないと思う。対比/融和という二分法の問題でもないはずだ。

たとえば菊竹清訓が出雲大社の付属施設をたてたとき、彼は単純な過去様式の延長も、陳腐な過去/現代の対比も求めなかった。建築の本質において、対話し、対決し、格闘し、そのことによって伝統的な神社建築とRC建築が、たがいに個性を認めあうようなことができた。理想をいえばそういうことである。

三菱一号館が明治のすばらしさを体現しているとすれば、その隣の超高層は21世紀初頭にしかできない魅力と空間性を持っていなければならない。しかしそれが感じられない。想像するに、それは三菱一号館再現ということに文化をほとんど預けてしまったからなのではないか?それが保存/開発、文化/スペックという二元論の帰結ではないか?

ようするに「明治建築はすばらしい。現代建築もがんばろう」と言いたいのである。もちろん大正も昭和もがんばってほしいのですよ。

で、開発/保存の二元論そのものの限界であるが。

この二元論は、日本の乱暴な近代化という事情があって、くわしく調べてはいないが、かなり日本固有ではないか。たとえばヨーロッパでは修復/保存という二元論なのである。このことの理解がどうも日本では希薄である。次回にはそのことを書いてみたい。

蛇足だが、保存派の人はどうも建築史家をこれはなに様式、これはなに時代とかを判断する古物鑑定人としてしかみていないようである。そうではない。歴史家は歴史観をもっているから歴史家である。その歴史観をもって過去も現在も語れなければならない。

しかし歴史と現代を切断してきたのは建築史家でもあって、ぼくも一方的に批判する資格があるとも思っていない。歴史家は、歴史観において責任をもつ。ならば歴史観を鍛え直すことも視野にいれるべきである。自戒として。

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