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2009.10.06

新学期がはじまって・・・

新学期が始まった。

世間でいえば管理職なので、いろいろ大変である。

フランスでは、フランス・テレコム(日本でいえばNTT?)でいろいろ事件が起こっている。職員の自殺があいついでいる。政府も問題視しているし、職員も騒ぎ出しているらしい。フランスは個人主義の社会だから、テレビで知っても、はじめはよくわからなかったが、ようするにグローバル化、淘汰主義がここにも入り込んで、上司のいじめや労働環境悪化などが原因であるらしい。最もフランス的でない事件である。

それに比べれば日本の大学はまだ穏やかかもしれない。ただ管理強化は徐々に、確実に進んでいるようだ。そうした新傾向を先取りして対応するのはじつは大学人の自殺的行為なのであって、ここは永遠の価値観に立脚すべきであろう。世間は永遠の改革を求めるが、大学人は普遍=不変であることで防衛するしかない。

くだらないことだが、Outlook Expressに見切りをつけた。それからGoogleスケジュールもやめた。自分の将来計画を、どこのだれかもわからないグーグル様にあずけるのはどうかしている(じつは1年間ほどやってました)。ぼくはスタンドアローンで十分である。

それらにかわって古典的なOutlookにした。メールはとてものろいがスケジュール、連絡先、To doなどが一式でセットされており、相互の関係もまあまあである。ぼくのような凡庸な勤労者・ユーザーはマイクロソフトのオフィスの数分の1(数百分の1?)の機能をつかえば、なんの不足もないのである。ただワード、エクセルなどは情報システムのほとんど末端ソフトである。問題は個々ばらばらの情報を、体系化し、リンク化し、実際の仕事にあわせてパースペクティブをあたえ、構造化することである。つまり脳にあわせる、ということである。

というように考えるとPCの世界も、リアルな実体的世界にすり寄ってきている、つまり人間の思考に、すくなくとも構造的に近寄っているだけである。つまりPCは、カスタマイズされたシステム手帳である。ただ演算速度、ネットワーク、情報量、などのパフォーマンスは桁違いである。

・・で、要するになにが本質的か。人間はいろいろなことを考え、する。それらをリニアに並べていては(つまりつぎからつぎへ処理するだけ)では破綻する。それらアイテムの地図を作成し、さらにそれぞれのアイテムのなかに小宇宙とその地図があって・・・と、さまざまなレイヤー、階層、ヒエラルキーの小世界があって、錯綜している。それをなるべく理解しやすい空間として描くことである。人間の思考は生きられる時間においては一次元的かせいぜいそれ+αにすぎないが、文字、画像、記録はそれにパースペクティブを与え、一次元を多次元化するし、コンピュータはこの変換をさらに無限に加速する。

つまりぼくにとってコンピュータは地図である。しかも限界のない地図である。比喩的にいうと、フランシス・イエイツの『記憶術』である。

最近の趣味はインターネット・ラジオである。ATOMを使ったPCをお小遣いで買って、小型スピーカをつけてきいている。この世界もジャングルであるが、ラジオ・フランスとかBBCとか、超オーソドックスなリスナーである。いまさらカルト・ラジオなんか聞かない。クラシック番組なんかとてもいい。音楽も、日本できくのとヨーロッパできくのと大違いである。ヨーロッパの音楽紹介は、素人にもとてもわかりやすい。たとえば、ヴィバルディのこの旋律が、クープランではこう、バッハではこう変換されていまして・・・などということを10数秒で聞き比べてみせる。ある意味、即物的、技術論的でもある。でもある意味、それは広大な地図のある断片を紹介してくれる。それにくらべ日本の音楽鑑賞はよほど観念論的でありときには印象論的である。

この秋はいろいろ面白いお仕事をいただいている。ありがたいことです。

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