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2009.10.02

1990年代ってなんだったっけ?

1990年代は、なんであったか?

じつは今日、1990年代の建築とはなにか、そのさわりについて、すこしだけ講義で話してきた。ほとんどアドリブであった。自宅にもどってゆっくり考え始める。牛のように反芻しながら。なんという悠長なことであろうか。

これは1年生向けに、サウンドザイン、音楽、漫画、まちづくり、建築などを横断的にデザインとしてお話をする、いわゆる入門科目、導入科目のガイダンスなのであった。ことしは1990年代の各種デザインについて話すということで、ぼくは1990年代の建築などを話した。

1990年代とは、個人的には、外国で遊びほうけていた80年代のあと、大学に奉職してしばらくはまじめに働こうとしてこもっていた10年間であったが。この時代はバブル経済もおわり、ロストジェネレーションの人びとを生み出してしまう不幸な時期でもあった。ただ当初はそれほど顕在化していなかった。

1995年に神戸の大震災があり、地下鉄サリン事件があった。これは大きな転換点として意識されているが、そこでなにが変わったかはまだわからない。つまり帰結は時間をおいてやってくるからだ。ちょうど三島由紀夫自決とあさま山荘事件の帰結がじつは今なお未確定なように。そして1970年の事件と1995年そのれが周期律であるように語られる。するとじつは変わっていなかった。じつは周期的なものの繰り返しであった。日本という近代を支配している見えない構図。であるならどんな衝撃的な事件であっても、潜在的なものの顕在化であって、けっして変化ではないのかもしれない。

建築では複雑系やゆらぎといった概念が支配的となった。コンピュータの技術により、自由な造形ができるようになった。すると建築は変化しつづける、永遠に異体を生み出しつづける、ある変容体にすぎないのであって、現前の建物はそれをある瞬間にフィックスしたものにすぎない、という考え方である。

せんだいメディアテークのコンペがそうであった。最終的にのこった伊藤案と古谷案は、どちらも固定的な建築的フレームと、絶え間なく変化し続ける実体との関係づけ方に秀でていた。古谷案は古典的な建築タイポロジーを完璧に破壊していた。しかも情緒的ではなく理論的に。ぼくがパリで見せていただいた伊東さんのプレゼは魅惑的であった。メディアテークの同じフロアの平面が、さまざまな条件や要求面積のインプットによって、アメーバのように微細に変化し続ける。それまでなら、試行錯誤の末に最良解にいたることとされていたものを、すべての段階が等価にあつかわれ、気象現象のように変改してゆく。それが一種の建築的パフォーマンスとしてスクリーンに映し出され、観客はそれをうっとりとみることになる。

コールハースがブレークしたのもこの時期であった。デリリアス・ニューヨークのさわりは1970年代末に日本にも紹介されていたので、その時点ではまだ海外の新奇な思想家であるにすぎなかった。資本主義がその極限でもたらす空間を錯乱、ジェネリック、ジャンクと評するそのシニカルな理論家・批評家の姿が際立っているものの、じつは日本の建築関係者は、もっと純朴に、しかし意図的に素朴に、彼が創造する空間図式を理解し有用なものにしようとしたのではないか。まるで明治時代の和魂洋才のように。

ぼく自身は1990年代、批評をやっていた。メタ批評と称していたが、それは批評の批評であって、つまり、建築を論じるその論じ方をなんとかしなければならないのではないか、ということであって、個々の建物のできばえどうこうではなかった。必然的に批評するものは、高度な理論を展開する建築家に限られることになる。しかし1990年代末から、批評することの限界を感じてきた。つまり批評すべきものがない、という感じである。すでに守旧派も、頑迷な保守派もいなくなってしまったと感じた。そもそもぼくはパーマネントな批評家というものを信じない。それは職業ではない。批評はそのときどきの批評行為としてなされるだけである。

結局、ベルリンの壁が崩壊したことがいちばん重要ではないか。東西冷戦がおわる。アメリカ、ソ連という超大国によるシステムが機能しなくなる。ヨーロッパは、すでに地域自律の枠組みを整え、それを基礎にして欧州統合をなしとげる。欧州統合の重要な点は、それまでの国民国家の枠組みを弱くして、地域を単位とするシステムを整えながら、そうしていることだ。超大国的な、ひとつの普遍システムによって全体を支配する方法から、モザイク型(カッチャーリ風にいえば群島)の世界像が見えてくる。ただこのヨーロッパ的システムがほんとうに傑作建築を作り得るかどうかはわからない。しかしヨーロッパ的多様性の時代である。

ぼくにとってはまずはアメリカ的システム終焉のはじまりであるが、ヨーロッパの人にとってそれはナポレオンによる19世紀以来の国民国家システムの終焉なのであって、18世紀的な地域自律への回帰なのである。そうえいば都市連合、シティ=リージョンなど、近年の試みとして語られることのほとんどは、すでに18世紀以前にその原型がみらえるのである。

とするとやはり1990年代とは、ベルリンの壁崩壊/WTCテロ事件、で挟まれた10年間であることに本質があるように思える。あるいはそれはソ連崩壊/アメリカ一極支配終焉のはじまり、という図式がその背景にある。すると2010年前後にさらに画期があるとすれば、それは中国がらみであるだろう。

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